1.はじめに

2.家を買うとしたら

3.社会資産とは何か

4.200年住宅の国から

5.結びにかえて

1.はじめに


中越さん

スウェーデンと私

私は、国際法の勉強の目的で、1971年の元日、スウェーデンの土を踏みました。オイルショックの2年ほど前のことです。
 周囲から極寒の国だと脅かされて持参したラクダの毛の下着が、家の中では使えないことに気づくのに時間はかかりませんでした。公共の建物は無論のこと、戸建住宅でもシャツ一枚でも快適なのです。夜、まくら元に置いたコップの水が朝方凍っているような、極め付きのエコロジー住宅を当たり前として育ってきた私には、外気温マイナス20℃、室内温度プラス20℃、温度差40℃、しかも家の中にほとんど温度差がないスウェーデンの住宅に大きな衝撃を受けました。







人口約5万人のまちの郊外に建つ木造住宅で、1835年の建築、延床面積180m2。断熱性能や窓は現行基準に合わせてリフォームされている。購入者は1994年に2,800万円で購入し、2007年に5,100万円で売却。なお、土地の評価価格は1,000万円程度

 今にして思えば、そのときの衝撃がやがてこの国の住宅建築に関わる最大の動機になったのだと思います。
 73年にオイルショックが起きると、スウェーデンは国を挙げて迅速で徹底した対応を実行しました。その対応は目を見張るものがありました。
 75年に行われた建築基準法の改正では、断熱・気密、省エネルギー性能などが大幅に引き上げられ、一挙に現行法の水準に達したにもかかわらず、住宅メーカーは時を移さずその基準を余裕もってクリアしてしまったことも大きな驚きでした。
 喉元過ぎれば熱さを忘れる(危機に対して鈍感な)日本の対応に歯がゆい思いをしながら、1976年に小さな会社を立ち上げました。スウェーデン住宅の断熱・気密性、耐久性、健康・快適性、施工性、環境保全性などの性能、それを構成している高性能の建材、さらには、それを支えている社会的、経済的、政治的基盤を紹介し、日本の住宅の品質・性能の向上にささやかでも役立ちたいとの思いでした。それから30年あまり、姿勢は終始一貫しているつもりですが、非力の故に、水面に粟粒を投じたほどの波紋を起こすことができたか否か、心許ない次第です。

 

 

伝えたいこと

 昨年から日本でも200年住宅が提唱され、それに伴う周辺の法制化が整いつつあるようです。また、徐々に100年、200年の耐久性を標榜する住宅も増えているように見受けられます。この機会にスウェーデンの住宅事情を紹介し、高耐久住宅のありかたを考えるきっかけにしていただければと思います。


1857年に建てられた典型的な木造住宅。購入した家族は5年ほどかけてほとんど自分たちで断熱・内装リフォームを行った

 

 

 

 

 


2.家を買うとしたら


中越さんの自宅。築22年なのでスウェーデンの住宅としては新しい部類。オール木製の3層ガラス・ドレーキップ窓を装備し、断熱性能は現行基準も上回る。外装はレンガ、窓は南面だけ1度塗装したという

超耐久前提に金利だけ払う

 スウェーデンの戸建住宅はほとんどが木造の壁パネル工法です。72年のオイルショック以降に建てられた住宅の耐用年数は100年とも200年とも言われ、人の一生の中で建て替えるなど全く前提にしていません。
 スウェーデンでは、住宅を新築する場合でも、中古住宅を購入する場合でも、金利を払う能力さえあれば、元手なしに融資が受けられます。期限は5年から10年が一般的で、元金の返済額、固定金利か変動金利か、また両者の組み合わせかは借り手が選択する事ができます。
 契約の期限が来ると、そのときの金利で5年、10年と契約を更新しながら、極言すれば、50年で元金をほとんど返済しなくても、金利だけ払っていけば、安心してゆとりある住生活ができるのです。スウェーデンの住宅ローンの現行金利は6.2%と高めですが、月々の金利負担は賃貸住宅の家賃並みですので、共働きの若い夫婦でも十分支払能力があります。

高くても良い家を買える基盤

 経年劣化の小さい、資産価値の高い住宅が常に担保されているだけでなく、通常、物価の上昇によって建築時より高い価格で売却できる訳で、金融機関は安定した率の良い金利が長期に渡って確保できますし、融資を受けて住宅を建てる方も快適な住生活が得られる上に有益で安全な投資になります。長期的にみれば、たいていの場合、高性能・省エネ住宅は年数を経ても新築時より資産価値が上がり、担保力も増して来ますから、ローンを組む人も融資する銀行も安心できるという訳です。
 このシステムは、価格が高くても、高性能・高品質の住宅の普及を促すだけでなく、常により品質・性能の高い住まいづくりを追求し推進する基盤ともなっています。それでこそ、個人の住宅でも「社会資産」としての位置付けが可能になってくるのです。
 私は1986年に10年契約の公庫のローンで家を建てたのですが、当時の利率は高く、初年度6.5%、毎年0.5%アップという条件で、10年目には 11%の金利を払いました。そして、この間の元金の返済総額はSEK1万5000(現行レートで日本円に換算すると、約25万円)でした。



3.社会資産とは何か

国民も国にも富をもたらす

 日本では、100年、200年の耐久性のある住宅でも、スウェーデンのような社会・経済環境がないために、せっかくそのような性能を持っていても、宝の持ち腐れになりかねません。住宅の品質・性能だけでなく、様々な社会的な条件が要求されるのです。
 まず、住宅を提供する側は無論のこと、国・国民・金融機関・不動産業界、つまり国全体の中古住宅に対する意識改革、100年、200年という長期的な視野に立った金融と流通システム、税制の構築などが必要となるでしょう。
 超耐久住宅によって経済的な無駄が省かれ、国民経済ばかりか国家に大きな富をもたらす観点から、国としても相当の優遇措置を講じてでも200年住宅の普及推進を図ってしかるべきだと思います。
 住宅を提供する側も、高性能住宅を開発するだけでなく、その真価が生かされる環境を積極的に作り出す努力が要求されます。
 それが早々には不可能だとしても、例えば築後30年の買取保証(せめて新築価格の50~60%だけでも)をし、その担保力を銀行なり、保険会社なりが認知し、融資するといったシステムを採用するだけでも一つの前進ではないでしょうか。銀行サイドで私的な認定機関を作るのも一つの方法でしょう。国を絡ませた認定機関にすると、わんさと天下りが押し寄せ、コスト高となって消費者に跳ね返ってくるのではないかと懸念されるからです。


売家 築150年も普通

 スウェーデンでは150年以上の古い家が新築と変わらない価格で売買され、新築同様に融資が受けられます。ただ、150年も昔の住宅がそのまま今の住宅と性能が同じというわけではありません。基本構造はほとんど変えないで、現行基準に合わせて断熱・気密処理し、外壁、天井、床の断熱性を高め、窓や玄関ドアを熱貫流率の低いものに換えるなどリフォームをしているのです。
 この100年の間に建築技術も建材の性能品質もずいぶん進歩しています。特に、1973年の石油危機以後の住宅は構造、断熱・気密、耐久性などあらゆる面から総合的に研究され、性能・品質は飛躍的に向上しています。そのような住宅は築後既に30年以上を経過していますが、寿命に限界のある建材、機械・設備類を除けば、性能の経年劣化はほとんど見られず、さしたるメンテナンスも発生していません。

驚きの不動産情報

 1…スウェーデンでは、朝刊紙に不動産情報が掲載されます。同国第4の都市、ウプサラの新聞(Uppsala Nya)には、毎週金曜に住宅ガイドが折り込まれます。その34号(今年8月22日)版は本紙と同じタブロイド判36ページ。そこから少し抜き出して解説します。 物件左:ウプサラ駅から約1㎞、敷地:840.3㎡、住宅:5L+DK=174㎡(このほかに半地下室89㎡)。1943年建築(築後65年)。
 断熱:現行基準にリフォーム、窓:3層にリフォーム。スタート価格※:SEK4,750,000(最新レートでおよそ6,650万円) 物件右:駅から20㎞ほどの約1,000戸の集落。敷地1,000㎡、住宅110㎡(地下室122㎡)。1971年建築。スタート価格:SEK2,290,000(およそ3,200万円)。価格は地域によって異なりますが、新築と大差ありません。

2…知人が売りに出しているマンションです。スタート価格:SEK1,050,000(およそ1,470万円)ですが、購入価格はSEK581,000 (およそ813万円)。8月24日現在でSEK1,255,000がついており、最終的にはSEK1,300,000(およそ1,820万円)くらいになると思います。
 マンションも戸建てと同じく市場価格があり、新築より価格が下がることはほとんどありません。

3…スウェーデン最大の朝刊紙(Dagens Nyheter)から今年8月22日号。夏休みの時期で物件数も多くなっています。首都・ストックホルム中心です。 物件下:敷地702㎡、93㎡+13㎡の小さなゲストハウス。1913年建築。スタート価格:SEK3,650,000(およそ5,110万円、新築並みです) 物件上:敷地1,678㎡、間取りは7DK160㎡。1947年建築。スタート価格:SEK5,500,000(およそ7,700万円) ※スタート価格とは、売り主の希望と市場価格から不動産の専門家が『最低でもこれなら売れる』と設定した価格。購入希望者は価格提示し、最高額を提示した人に譲渡される



4.200年住宅の国から


ストックホルム郊外、1700年代後半に建てられた伝統的な木造住宅。今も住宅として立派に住み継がれている


伝統的なプロポーションの中にモダンな要素を取り入れた最新の木造注文住宅。スウェーデンは住宅をドイツ、オーストリア、スイス、イギリスといった国へ輸出しており、その逆がほとんどない輸出国だ

どんな家が長持ちするのか

73年以降に建てられたスウェーデンの住宅が世界の最高水準にあり、優に200年の耐久性があると推定されるとはいえ、実際200年を経過した訳ではありませんから、200年と言い切ることに多少のためらいはあります。
 しかし、スウェーデンのように18世紀の住宅が、リフォームされているとはいえ、新築住宅と同様な資産価値で普通に売買されている国は極めてまれですし、それは超耐久住宅のあり方を示す一つの好例だと思います。石油危機以来30数年ひるむことなく、省エネ、省資源、環境保全を追及しつづけ、最新の建築工学理論とテクノロジーを駆使した現在のスウェーデンの住宅なら、看板通り200年住宅を標榜しても差し支えないように思われます。
  住宅が社会資産となるためには、まず、住宅そのものが、構造的に耐震性・耐久性、省エネルギー性、住み替えにたえ得る可変性、快適・健康性に優れ、窓やドアなど主要建材は品質・性能の経年劣化が可能な限り小さいものでなければなりません。
         *         *         *
 このような要件を満たす住宅は、必然的に、冷暖房エネルギー消費が小さく遮音性に優れ、快適で健康性に優れた住環境をもたらし、一生のうちに生じるメンテナンスも少なくて済み、住に関する経済的負担は、寿命の限られた設備など消耗品の買い換えや補修費は避けられないとしても、大幅に軽減され、住生活に大きなゆとりを生み出します。肝心なのは、家そのものの性能、快適性がほとんど劣化せず、新築時とあまり変わりなく快適に住み続けられることです。
  その上、資本投下した住宅の資産価値は、100年経っても無になるどころか、物価の変動に従って上昇、時には下降するにしても、何時でも市場価格で売却できる優良財産です。


前回も掲載した不動産広告。こちらは今年2月のもの。1920年代の住宅で252㎡、土地2,441㎡。価格はSEK12,875,000(最新レートで何と、1億4800万円)


同じく1920年代で、建物167㎡、土地7,281㎡。価格はSEK5,900,000(約6800万円)。このような住宅が不動産広告に登場する国と、築後30年で「古家付、解体更地渡し」の我が国との違いはいったい何だろう。われわれはそれを真剣に考える必要があるのではないか

 さらに資源の浪費を抑え、住宅生産時のエネルギー、産業廃棄物、CO2を大幅に削減し、地球環境の保全に寄与することになります。それが社会資産としての住宅の意義です。


市場に任せ官は干渉しない

 何でも役所がらみの認定に慣らされている日本人にはなかなか理解しにくいのですが、スウェーデンには200年住宅の認定基準とか認定機関といったものは一切存在しません。金融機関もそれを要求もしなければ貸付けの条件ともしないのです。
  日本の建築基準法に当たるBBRの基準だけで十分です。市場の判断に任せておいても何の不都合も混乱も起こりません。正常な市場原理に任せ、官はできるだけ干渉しないのです。
 一般にスウェーデン人は住に関する知識レヴェルが非常に高く、住宅の品質・性能を見抜く見識を持っています。見抜けなければ自分が損をするだけです。客をだますような会社は、結局は淘汰されて市場から消えて行くまでのことです。
 以上、スウェーデンの戸建住宅に絞って紹介しましたが、マンションなど集合住宅についても、前回の不動産情報の通り、事情は全く同じです。



5.結びにかえて


中越さん

200年住宅の技術面の目安

 200年住宅事業が始まった日本を外から見ていて、この機会に思ったことをまとめてみました。実績、経験のない日本では200年住宅の具体的な目安がなかなか立ちにくいのではないかと思います。そこで最後に、建てては壊すことを想定しない社会資産としての超耐久住宅が当然とされるスウェーデンの木造住宅を参考に、およその目安を並べてみます。
  なお、最新の省エネ基準を例にとると、年間の暖房・給湯エネルギー消費量を110kW/m2以下に抑えることが事実上、義務化されました。



 スウェーデンの戸建てはほとんどが注文住宅で、プラン集カタログ通りという例はない。写真1~4はスウェーデン第二の大湖ヴェッテルン湖の南端に位置する非常に美しい都市・ヨンショーピン市の住宅。遠くに湖を望む南東斜面に建つ。
(写真上下)平屋に見えるが反対側から見ると完全な2階建て。1階の一部は地下に埋もれている。スウェーデンではスゥツレングヒュース(Souterranghus)と呼ばれる建築様式。地下に埋もれる外壁部は通常RCか断熱性能の高いブロック積みだが、外断熱、防水、防湿、通気処理され、湿気やカビの問題は生じない。スウェーデンでは、傾斜地に住宅を建てる場合、この方法が頻繁に採用される。傾斜のある敷地の場合、普通の2階建てより総コストはむしろ低くなる。立地条件によっては、玄関が1階側やサイドに配置される。


スゥツレングヒュース
この家も南東側に開口面=窓を大きく採っている。玄関は南東側の1階






スゥツレングヒュース
南東面に大きい開口部(窓)をとり、外壁の断熱50+195+45ミリ(熱貫流率約0.13W)。エネルギー消費を80kW/㎡/年以下に抑えている。玄関は反対側(平屋部、実は2階) いずれも屋根は片流れの組み合わせ、外装はモルタル仕上げと木パネルでデザイン性を追求。意匠的に多様性に富む人気のあるデザイン 外壁断熱50+195+45ミリというのは、195+45が壁内断熱、50は吹付モルタル塗装を簡単でローコストにするための50ミリか70ミリのセルプラスト(Styren)。結果的には断熱性能を上げることになる 日本から視察に来て、たまたまこういうモルタル仕上げの住宅ばかり見た方々が、スウェーデンの住宅は外断熱が主流だ、といった誤解をするかもしれない。もちろんコンクリートの中・高層建築は100%外断熱だが


この通りは、伝統的なスウェーデン建築の流れをくむスプルースパネル外装の住宅で統一されている。外装パネルの使い方によって家の表情が大きく変わる。断熱は195+気密シート+45ミリ、外装材と構造体の間の通気層は最低28ミリ




top page