札幌良い住宅に以前掲載した記事も参考に、Fさんが自宅を新築しました。車いす生活を送る奥さまに「明るく前向きに暮らしてほしい」という願いから、さまざまな工夫をしています。設計者の山下一寛さんに説明を受けながらFさん宅を取材しました。
マンションのリフォームに限界を感じ決断
Fさんご夫妻はお子さまが生まれて毎日が忙しい中、奥さまが突然事故に遭い、車いす生活を送ることになりました。写真1 広々とした玄関(中央)。左の扉は車庫と直結。2世帯住宅なので親世帯と行き来できる勝手口もある
必死のリハビリで車いす生活に慣れてきたものの、それまで住んでいたマンションでは車いす生活するには不便が多く、リフォームしても限界があります。そこで、戸建住宅を新築することにしました。Fさんは、札幌良い住宅に掲載されたアウラ建築設計事務所の記事(「u-h.o.u.s.e.@i 車いすで自立した生活」)も参考にしながら、同設計事務所に設計を依頼することを決め、打ち合わせを進めました。
とはいえ、土地探しから始めることになりたいへんでした。長いリハビリ生活から退院するときに新築の家で迎えたい、と当初考えていましたが、土地が決まらないと家の設計もできません。焦って建てて後で後悔することになるぐらいならと、退院後しばらくはマンションで暮らし、不便な生活を経験しながら新居への期待を膨らませました。1年以上の長いプロジェクトでした。
粘り強くバリアを取り除く

アウラ建築設計事務所の山下一寛さんは、「じっくりとFさんご夫妻のお話をうかがうことから始まりました」と当時をふり返ります。
車いす生活で暮らしやすくするためには、いろんな工夫が必要になります。これからどう暮らしていきたいかなど、未来のことを考えて設計する必要もあります。もっともそれだけで満足のいく家にはなりません。「暮らして楽しい」ことや、デザイン性、省エネ、予算も重要です。
『きっと頭を悩ませて苦労したのでは』と思って聞いてみましたが、「僕は、人の話に耳を傾けることが好きなので、こうした設計の仕事に向いているのかもしれません」と涼しげに語った山下さん。コツコツと粘り強く立ち向かうことで、さまざまなバリアを乗り越えていくのでしょう。
さて、奥さまは車いす経験が浅いこともあり、まだ1人で外出することはありませんが、今後1人での外出もあると考え、家のアプローチ部分には気を使いました。山下さんによると、車いす対応スロープの勾配は標準的には最大で1/15勾配ぐらいだと言います。今回の例で説明すると、玄関が道路面から60cmほど高い位置にあるので9mのアプローチが必要なことになります。しかし、道路面から玄関口まで直線で9mの長さを確保することは難しく道路と平行にスロープを配置することになります。
写真3 赤線を入れて道路面との勾配をわかりやすくした(つもり)。上の赤線にあるような「ストン」とした落差が車いすにとってバリアとなる
ところが、このやり方ではスロープに面積をとられて駐車スペースが制限されます。また、1/15勾配は実際に車いすを動かしてみるとかなりきつい勾配だそうです。特に車いすに慣れないFさんの奥さまが女性の力で車いすを動かすのは大変ですし、下りは加速する恐怖もあります。万が一バランスを崩す危険性を考えると、なるべく勾配は緩い方がいいのです。
どうしたらいいのでしょうか?
そこで山下さんが考えた解決策が、段差解消機を使うことです。車いすを電動で昇降させるリフトのようなものです。費用は少しかかりますがアプローチの勾配を緩く距離も短くできます。そのため今回は1/50とかなり緩い勾配を実現しました。
さらに、道路と縁石の段差も解消しました。
縁石とは、歩道と車道を分ける白いブロックです。
車庫や家の玄関口など、車や人が出入りする場所は、この縁石の高さを低くしますが、一般的には5cmぐらいあります。「たいしたことない」と思われるかもしれませんが、車いすでこの段差を乗り越えるのは簡単なことではないのです。
そこで、山下さんは市とかけあい、この縁石の高さを2cmまで低くする許可をもらいました。さらに、微妙なつっかかりを防ぐためにアスファルト舗装でその2cmの段差も解消しました。
札幌市も、自立した車いす生活を送るために必要な改修だと認めてくれたそうです。
動線と明るさを重視したプランニング

室内は、車いすでの動きやすさと、奥行きの長さを生かしたプランニングを考えました。
車庫内にある車いす通路は、車のドアを開けても壁との間に車いすが通れるほどの余裕があります。もちろん、車庫から室内へは段差なしに入ることができます。
廊下の幅は、車いすがゆったり通れる1100mm。また、玄関からLDKまでは一直線の動線となっていて、ムダがありません。
写真5 天窓(写真左上)、ハイサッシ(写真右上)、中庭のテラス窓(写真左下)のおかげで、照明をつけなくても昼間は明るく過ごせるLDK
LDKは広々しているだけではなく、全面吹き抜けの大空間。市街地に立地しており、隣の家が間近にあるため、プライバシーを守りながら十分な採光を確保しようと工夫しました。吹き抜け上部にハイサッシ(高窓)や天窓を設け、たっぷり光を採り入れています。
写真6 キッチンの流し側には移動できるワゴンに良く使うものを収納することでスペースを有効活用する。背後のカウンターには、回転するスライド棚で家電製品を手元に持ってくることが可能に
キッチンは車いすに合わせた特注品です。使う時は車いすがカウンター下に入るため、収納はキッチン本体ではなく背面の棚が主となります。炊飯器などのキッチン家電は、スライド棚で手元に持ってこられる設計。細かなところまで対応できるのは、特注品だからこそ。コストもメーカー品とさほど変わりないそうです。
トイレ、洗面、お風呂、ユーティリティーはプライベートスペースの動線として直線的につながっています。トイレは寝室に隣接し、専用車いすのまま入っていける設計。このために、メーカーのショールームに通って便器を選びました。ユーティリティーは通常の2倍ほどの広さで、車いすで動きやすくなっています。
写真8 通常の2倍近くある広いユーティリティースペースは寝室の隣にある
暖房は、床に設けたスリットから暖気を出す「床下暖房」を採用。放熱パネルがないので部屋を広く使えます。2世帯住宅として設計しており、2階は親世帯が入居します。
写真9 親世帯にはゆったりとした和室も
取材を終えて
山下さんは実際にメーカーショールームに行ってトイレの使い勝手を検証するなど、きめ細やかな気配りをしていました。単純なバリアフリーではなく、実際に使う人の立場に立った家づくりが印象的でした。
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