新聞記事

2011年11月05日号から

円山動物園に学ぶ 快適で省エネな環境設計 前編

札幌市立大学デザイン学部 斉藤雅也准教授

ガマンと節電の夏

20111105_02_01.jpg 福島第1原子力発電所の事故による電力不足が心配された今年の夏。
 節電一色の空気の中、本州ではエアコンの使用を控え、気合いで暑さを乗り切った方も多いと聞きます。そして、いよいよもう1つの電力需要ピークである冬を迎えます。
 電力不足や計画停電によって太陽光発電や蓄電池に注目が集まっており、一方、節電方法としてはガマンや節約が話題の中心ですが、基本となるのは住宅性能のはず。
 建物の断熱・気密性能がしっかりしていて、日射遮蔽や通風などパッシブな技術を取り入れれば、夏も冬も快適に乗り切ることができるのです。そのことを円山動物園の動物たちが教えてくれました。

動物園の動物たちが教えてくれる

 札幌市立大学は円山動物園と2006年から動物舎デザインを中心にさまざまなプロジェクトを協働で実施しています。その中で斉藤准教授は、自身の専門である建築環境学に基づいて、動物舎の温熱環境のデザイン監修をされました。
 生息地の気候(光・温熱・空気環境など)を忠実に再現した展示が話題の円山動物園「は虫類・両生類館」。約60種類ものワニやヘビ・トカゲの仲間たちが生き生きと暮らしています。
 紫外線を放射するランプのそばで気持ち良さそうに甲羅干しをしたり、水に潜ったり。孵化や冬眠をガラス越しに間近で見ることも出来ます。
 太陽光による自然暖房や昼光照明、円山地域の季節風を利用した高窓換気など電力消費を抑えたパッシブな建築手法も積極的に採用しています。
 動物園という小世界で、いわば逃げ場のない動物たちの命を守るには、年間を通じ生育に適した光・温熱・空気環境を維持することがとても重要です。
 建物は外気温の変動に大きく影響されないようコンクリートの外側に断熱材を施工。暖房は強制対流型ではなく、極端な温度ムラや乾燥を招くことが少なく、繁殖にも適した低温放射型のシステムを使用しています。
 高断熱・高気密なシェルターを外断熱工法で造り、穏やかな温放射で室内を温める。これを「温房」と呼んでいます。ヒトが住む住宅と同じ考え方です。

オランウータンが熱くて動かない

20111105_02_02.jpg20111105_02_03.jpg オランウータンの弟路郎(ていじろう)が住む「類人猿館」の屋外放飼場も3年前、大がかりな改修工事を行いました。
 以前は夏になると、奥の日陰でじっとしていることが多かった弟路郎。熱帯雨林の森に棲む動物で暑さには強いオランウータンがなぜ動かないのか。じつは"熱くて"動けなかったのです。北緯43度の札幌でも夏の日射で50℃に達する、コンクリート床からの放射熱が原因でした。動かないから、見学に来た市民も素通りしていました。
 今の住まいはコンクリートの床を土にかえ、強い日差しを防ぐ木陰をつくりました。土と芝生の庭はコンクリートと違い、歩けないほど熱くなることはありません。高い樹木もあります。
 「森の聖人」と呼ばれるオランウータンにとって暮らしやすい光・温熱環境になってからは、樹上を移動する姿が見られるようになりました。
 屋外施設ですので空気温(外気温)は以前とそう変わりません。何が変わったかと言うと、壁面や地面といった周壁の表面温度(放射温度)です。これは私たちの住む世界も同じで、夏季の住まいは、空気温度を低くしなくても、強い温放射の影響を抑えることで、環境の質は格段に向上します。
 以上のことは、熱力学の「エクセルギー」という概念※によって得られた知見です。夏、外気温が30℃を超えるとき、「人体のエクセルギー消費速度(熱的なストレスを表わす)」が最も小さくなるのは、室温26℃の冷房室ではなく、適度な風が通り、壁面温度が28℃ほどの通風環境であることがわかっています。
 愛嬌タップリの生活ぶりを見ようと長時間、足を止める人も増えました。木陰のクールスポットが来場者にも心地いいようです。

※9月3日に小樽市で開かれたNPOパッシブシステム研究会の市民セミナーでの講演記録に基づいて、講演者である斉藤先生が加筆・修正した。

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オランウータンの屋外放飼場、上がビフォー、下がアフター。床表面が60℃に加熱している改修前に比べ、改修後は温度が下がっている
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サイイグアナの展示スペース。高温のランプとその周辺で温度差をつくりだした


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