2012年01月26日(23:00)
華丸(はなまる)ラーメン

食べログのやらせが表面化しましたが、小生はやらせなし。お金払って食べて、グルメに縁遠い味のないコメントしかできませんが、舌は確かかと思います。
このラーメン旨いです。かなり旨いです。
http://r.tabelog.com/aomori/A0201/A020101/2000325/
冬季限定?の味噌ラーメンを食べました。
お客の誘導がしっかりしていて、接客も◎。食べる前に食欲なくなるようなサービスの店もあるから、この段階でポイント高かったです。
出てきたラーメンを、すぐに食べたい気持ちを抑えて撮影。さてひと箸。スープの熱さがほどよく麺ものびてない。お味も普通においしい。昔の札幌ラーメンのように素朴なお味が好きでした。
100円のおにぎりは、かなり大きめサイズ。こちらは素っ気ないご飯でしたが、ラーメンとの食べ合わせはこれで良いかなと思いました。
ラーメンを中盛・大盛にしないでおにぎりを頼んだのは、麺がのびると残念だからですが、中盛にしてもよかったかも。
青森空港を出てまっすぐ青森市内に向かって走り、おそらく最初のラーメン店です。交差点の右、ローソンの隣です。
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2012年01月25日(12:01)
スマートグリッド実証住宅 @青森・六ヶ所村
青森県・六ヶ所村のスマートグリッド実証住宅を外から見学し、ついでに飛び込みで取材を敢行してみました。プラグインハイブリッドのプリウスが目印。
スマートグリッド実証住宅:六ヶ所村の分譲地「尾駮レイクタウン北地区」
http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2010/09/0915a.html

六ヶ所村は青森県の北東部、下北半島の付け根に位置する太平洋側の村です。
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スマートグリッドとは。(環境ビジネスHPより)
スマートグリッド(次世代送電網)とは、電力の流れを供給側・需要側の両方から制御し、最適化できる送電網。専用の機器やソフトウェアが、送電網の一部に組み込まれている。ただその定義は曖昧で、いわゆる「スマート=賢い」をどの程度と考えるかは明確ではない。そもそも、オバマ政権が、米国のグリーン・ニューディール政策の柱として打ち出したことから、一躍注目を浴びることとなった、スマートグリッド。
従来の送電線は、大規模な発電所から一方的に電力を送り出す方式だが、需要のピーク時を基準とした容量設定ではムダが多く、送電網自体が自然災害などに弱く、復旧に手間取るケースもあった。そのため、送電の拠点を分散し、需要家と供給側との双方から電力のやりとりができる、「賢い」送電網が望まれている。
〈以下省略〉
http://www.kankyo-business.jp/topix/smartgrid_01.html
なぜここで、何を目的に実験が行われているか、その背景は日立のホームページに掲載された発表文を見てもわかりません。
ネット上にも情報はありません。
そもそも、送電網を見たところで、小生には何もわからないし、目に見えない情報技術が「見える化」しているわけでもありません。
目で見てわかることは、家の前にトヨタ・プリウスのプラグインハイブリッドカーが止まっている家が6棟あること。
住んでいる方は、社宅として暮らしているようです。プリウスと屋根に設置した太陽光発電以外は、なんの変哲もありません。
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普通の家となにが違うか、スマートハウスらしさは? という質問が、きっと皆さんの心の中だと思います。
家の中に情報端末のモニターが面があり、そこに毎日、「翌日の電気予報」的なメッセージが届くのだそうです。
その内容は、明日の電力料金単価がいくらになるというお知らせで、それを見ながら「明日は洗濯をやめる」など節電したりしているそう。なるほど、これはスマートです。
もう一つ、大震災以降、トヨタも日産も自動車の蓄電池を住宅の蓄電池代わりとして利用する方法が提案されています。例えば太陽光発電を使って昼間にプリウスに充電。夜は充電した電力を住宅内に送り込むことで、ある種の自立エネルギーシステムを構築するというものです。
関連記事です。
http://www.kankyo-business.jp/news2012/20120120_d.html
大手住宅メーカーがPRをはじめたスマートハウスにも、電気自動車などの蓄電池を住宅の電源として利用するイメージ図が使われていたりします。
少々前ふりが長くなりましたが、ここ六ヶ所村の6棟では、それは実現していないようです。
ただし、系統から独立しているためか、昨年3月11日の大地震後の停電は1-2時間程度で回復したそう。
2012年01月23日(11:54)
六ヶ所村へ


青森県・六ヶ所村のスマートグリッド実証住宅を見学するために、1月18日、青森空港に降り立った小生は、レンタカーを運転して六ヶ所村に向かいました。
六ヶ所村は青森県の北東部、下北半島の付け根に位置する太平洋側の村です。
まったく土地勘がないので、ナビの有料道路優先モードでルート案内してもらい、高速からみちのく有料を乗り継いで一般道に降りました。

北海道並みに雪が積もっていても、プラス気温になれば路面が顔を出します。バイクが狭い道路を走るわけです。
ナビが算出した距離は90km弱、2時間少々。実際は2時間かからずに現地に到着しました。
この間、ほそーい山道も、沼の間をぬう道も、ごっつ立派な道路も走りました。北海道並みに交通量少ないです。
(続く)
2012年01月10日(09:16)
豊かな暮らしを次の世代に引き継ぐために

〈未来への道をつくり続けるのがボクたちのしごと〉
当社は今日、1月10日(火)から始動しました。
小生はここ数年、"豊かな暮らしの実現"を仕事のミッションと考え、そのために暖かい住宅、元気な地域づくり、地場産業の活性化などを、取材を通じて世の中に伝えてきました。
2011年3月11日 東日本大震災。そしてこの巨大地震を引き金にした原発事故。
失って初めてわかったのは、"われわれはすでに充分豊かだ"という事実です。
年末年始に仕事を休み、それでも会社はつぶれないしたぶん給料も払うことができる。そのことに感謝すべきだということに、気がつきました。
ただ、20年、25年後は今の豊かさを維持できているかどうか。
北海道の人口は100万人減るとされています。
電力をはじめとするエネルギーが、安定的に安価で供給されているかどうかは、なんともわかりません。
ボクたちの次の時代を生きる子供たち世代のために、そしてわれわれの老後のために、"持続可能な地域"をつくらなければなりません。
2012年01月04日(18:20)
建築基準法講習会と性能向上リフォーム技術セミナー
今日1月4日(水)、北海道住宅新聞社・公式ホームページに、1月のセミナー開催記事を掲載しました。
新聞掲載では間に合わない可能性もあったので、ホームページのみの告知です。ご了承ください。
11日札幌皮切りに全道各地で建築基準法講習会
http://www.iesu.co.jp/article/2012/01/11.html
性能向上リフォーム技術セミナー 1月18日(水)札幌Lプラザ
http://www.iesu.co.jp/article/2012/01/post-16.html
2011年12月21日(17:34)
リンゴです。すごくおいしいです

長野・北信濃からいただいたリンゴ。毎年年末の楽しみです。ものすごくおいしい。北海道には長野のリンゴが流通しないので、知らなかったけど、日本一かも。
飯綱のまるしげファーム産。A社長さま、いつもありがとうございます。
家を出る前に丸かじり。今日は通勤ランだったので、糖分はとてもありがたい。
ところで、このリンゴを回転させると、アップルコンピュータのロゴマークになるなと、写真を見ながら思いました。
アメリカやヨーロッパではよくリンゴを食べますよね。一方、ボクは日ごろほとんどリンゴを食べなくなりました。だから、リンゴのロゴなど思いつきもしないでしょう。
2011年12月15日(18:21)
すれっからし

昨日は、当別町で低炭素住宅開発の検証住宅見学会が開かれ、小生も取材で行ってまいりました。
タイトルの通り、この仕事も20数年になると「すれっからし」てきます。この日の内容は、外壁断熱システム、窓、暖房熱源と放熱器、太陽エネルギー利用の応用技術でして、少々厳しく申せば、おもしろいものばかりではありませんでした。
技術はさまざまありますが、商品化の方向は必然の道です。生産コストや流通、販売価格、何より商品の魅力が、販売を決めるからです。
良くても売れない技術は世の中にたくさんあります。売れない事情は、上記の通りです。
その中で、ときどき「目からうろこ」があります。たとえて言えば「iPad」「ウオークマン」のような商品開発です。
昨日は「目からうろこ」があったかと申せば、じつはあるのデス。実現できたらとてもおもしろい技術(商品)があるのデス。太陽熱で室内換気の給気を予熱する。これがうまくいくとおもしろい。
2011年12月13日(16:29)
札幌版次世代住宅基準
昨年から動き出して、今年の春に基準ができた「札幌版次世代住宅基準」、来春スタートへ向けて準備が進んでいるようだ。
断熱性能が高い住宅に対して札幌市が認定し、認定プレートや場合によっては補助金も出すことになっている。
同基準の最低レベルが、じつは数年前まで「日本最高水準」をうたっていた北方型住宅ECOレベルなのだ。
この基準の影響はすごいですね。身近な自治体が基準を作り、補助金を出すこと、2020年までに全棟基準クリアを目標とすると宣言したこと、そして190万都市の規模の力。これらが相まって、北海道の戸建住宅は、あっという間に最低が北方型住宅ECOレベルになりそうです。
札幌だけでなく全道的に、というのは、大手は札幌の基準に標準仕様をあわせるから、結果として全道基準になるという意味です。
ここまできたのは、多くの先人たちの住宅改善運動、工務店の取り組み、道の制度新設があったからです。
大手メーカーと国の力じゃないですよ。この人たちのほとんどはむしろ抵抗勢力ですから。
断熱強化の運動は、きわめてローカルな運動で、ビジネスとしてなかなか成立しないと言われ続けた分野です。
2011年12月09日(13:15)
ちょっとだけ結露

今朝はこの冬一番の寒さですね。
朝、顔を洗ってからトイレに入ると、久しぶりに窓のフチが結露していました。
ボクは木製窓につく結露の輪染みが嫌いなので、冬でもある程度の量の室内換気を行うほうですが、冬の初めには決まって結露します。それなのに今年は結露しないなと思っていたのです。
だいぶ乾燥したとは言え、この時期はまだ家の中に夏の湿気が残っています。木材はまだ湿気を吐き出したわけではないのです。というのも、ムクの床の木材の膨張収縮が床下収納の扉の開け閉めでわかるからです。コンクリートもきっと同じでしょう。
今朝の気温はマイナス8℃とテレビに表示されていました。通勤途中には吹雪模様に。
いよいよ本格的な冬到来です。
2011年12月01日(19:25)
この冬最初の吹雪模様


北海道らしいですね。
今日は札幌から近郊まで取材。途中の道路は、吹雪きました。蒼い世界。それがとつぜん晴れたりするのです。札幌圏はいつもそう。降ったと思えば晴れる。しかもかっちり晴れる。
取材していても、日差しで背中が温かくなって、ポカポカしました。
2011年11月30日(18:58)
What's タマちゃんカフェ?

みなさん、この写真がどこだかわかりますか。
東京渋谷の山手線・内回り(反時計回り)のホームです。山手線のホームにタマホームの宣伝を兼ねたカフェがオープンしているのです。
先日の東京出張で、わざわざ渋谷まで行ったのは、ここ=「タマちゃんカフェ」を見学するためです。
山手線を降りて、しばらく見学していました。通行人の多くは振り返ることもないのですが、ビジネスパーソンの中には気がついて歩く速度を緩め、マジマジとながめ、通り過ぎる方もいます。
概して若者は無反応、ビジネスマンは反応しています。
しかし、かなり興味を示した人も、扉にかぶりついて中をのぞき込むのですが、入りません。
時間は平日の午後。なかなか入りにくいのです。
小生もすごく入りにくかったのですが、意を決して入りました。
アンケートに記入するとタダでコーヒーが飲めるようですが、ボクは200円を払ってコーラを頼みました。
ここではご案内までで、契約まではしないそう。キムタクのファンなどが来るそうです。
若者の街・渋谷ですから、土日はまた違った印象になるでしょう。
タマちゃんカフェはもしかしたら失敗かもしれません。しかし、人の行き交う場所に出展するという挑戦の姿勢は感じられました。
ちなみにホームから階段を上ると、そこにはユニクロのショップがありました。こちらは実際に衣類を販売しています。
やっぱ都会は違うわ。
2011年11月17日(18:20)
新宿の路地にて
歩いていて、この理容室が気になったのです。

通り過ぎてから立ち止まり、踵を返して写真を撮った。
気になったのは、モルタルのひび割れのヒビの入り方だった。
見ての通り、主に45度の角度でヒビ(クラック)が入っているのです。
これって、地震で建物が揺すられて、そのときに入ったものでしょうか。北海道でよく見られるクラックとはちょっと違う気がしたのです。
「本日休業」看板の掛かった入口引き戸は1間幅と思われ、その左は境壁です。
2階建てのこの建物、1階の通り側には耐力壁がありません。
でも、なぜかホッとする建物で、建物前の通り(路地)もいい感じでした。
2011年11月11日(17:40)
森みわさんの改修現場 03

第8回国際パッシブハウスデー(2011年11月11日~13日)に先立ち、森さんが神奈川県鎌倉市でやっているRC造、築28年のタウンハウス改修現場を見せてもらいました。
九州での連泊を選ばず、東京に向かったのはこのためです。

賃貸借物件であるタウンハウスの1戸を、大屋さん・借り主ともに負担なく断熱改修するという作戦が、まず面白いです。
このタウンハウスは、じつは建築家による作品で、かつ当時としては斬新な外断熱、クールチューブなどを装備。しかし残念なことに多くのチャレンジは失敗して居住性まで害していたのだそうです。
古い家が機能性を失うのは、建築家物件に限らないのですが、機能を回復させることでよい部分がよみがえるという点では、建築家物件、古民家は共通のくくりをできるかもしれません。

そのあと森さんの事務所(KEY ARCHITECTS)に寄せてもらい、びわ茶を1杯いただきました。
びわ茶にまつわるストーリーは、祝島という瀬戸内海に浮かぶ島の産業振興のストーリーでもあります。
(たぶん終わり)
〈写真〉
上:鎌倉駅で客待ちをする電気自動車「リーフ」。
中:リフォーム中の物件外観。左がリフォーム中、右はリフォームしていない家。詳しくは新聞に掲載します。
下:事務所でいただいたびわ茶。ボクはお茶が好きなので、とても気に入りました。
2011年11月10日(18:07)
九州-東京移動 02

11月7日(月) 温泉につかって、あとは移動だけ。ホテルに入るのが23時過ぎると思われ、のんびり行こうとJR武雄温泉駅で焼酎とどら焼き購入し乗車。
いい気分で(焼酎もどら焼きもうまかった)列車内で休んでいたら、博多までもう少しの二日市という駅で特急が動かなくなった。JR九州・南福岡?で人身事故があり、警察が現場検証をはじめたという車掌のアナウンス。この時点であきらめました。


下車、駅員さんに「福岡空港までどうやって行けばいいですか」と尋ね、急きょ西鉄の最寄り駅まで歩いて乗り換え、福岡空港に向かうというハプニングとなりました。
何とか空港にたどり着き、お約束の博多ラーメン。
そしてエアラインは、スターフライヤー。機体が黒、機内も黒、スッチーも黒衣装という黒ずくめ。てなわけで乗ってみたのです。
ちなみに予約システムはエア・ドゥと同じなので、エア・ドゥ利用者はわかりやすいと思います。チェックイン端末はANAと共通です。
ホテルに入ったのは、ちょっと道に迷ったりして24時を回っておりましたです。
(たぶん続く)
〈写真〉
上:駅で買った焼酎とどら焼き。この焼酎、札幌でも探したのですが見当たらず。
中:JR二日市駅を出たところ。発車時刻が過ぎているのに掲示板にはまだ動かない列車の情報が...。
下:スターフライヤーの前席シート。真っ黒です。
2011年11月09日(18:41)
九州出張 01

北海道と九州は、やはり遠いですね。
佐賀県武雄市というところに取材に行ったのですが、前・後泊が必要となり、2泊3日の出張になります。
航空運賃は片道が4万円。プラス前後泊で、ボクはふと考え調べました。
帰りは直行便でなくてもいいのではないかと。
そしたら、こんなことになりました。
帰りの便:20:40福岡空港発-22:15羽田着 スターフライヤー。お値段14,170円。
翌日羽田-新千歳 エア・ドゥ。お値段13,670円。
直行便より1万円以上安い。後泊は必須なので、九州で泊まっても都内で泊まっても同じ。
というわけで、1泊目は武雄市に、2泊目は東京に泊まりました。
武雄市では、市役所の取り組みを取材しました。先進的で、かつ発信力ある取り組みが多いので、メディアがほうっておきません。
市の公式フェースブックページに直営物販サイト立ち上げ。これが7日のプレス発表。しかも売上目標まで市長がしゃべっちゃうから、記事になりやすいですね。

最近は出張先でジョギングすることが多いのですが、この日も走りました。
経営難に陥った市営病院を民間に移管した取り組みでも武雄市は有名で、その後事業を引き継いだ民間法人が新病院を移転・新築したのです。
この病院を見てみたかったこともあり、ホテルから一筆書きで8kmほどジョグ。
スゴイッすよ、この病院。ヘリポートあります。北海道・八雲町もそうですが、交通の要衝地には人口規模以上の病院が成立する。ショッピングセンターと同じ理屈だそうです。その詳しいいきさつはこの本に詳しく書かれています。
「首長パンチ-最年少市長GABBA奮戦記」樋渡啓祐著

ボクは取材地を調べるまでまったく知りませんでしたが、武雄市は温泉で有名です。(ちなみに「武雄」をひっくり返すと「雄武」となり、北海道・雄武町と姉妹都市だそう)
せっかくなので、取材終了後、急ぎ足で温泉へ。すべて駅から徒歩圏内というのもとてもコンパクトでよろしい。
入浴料400円。共同温泉施設のような「元湯」というお湯につかり、いい気分で温泉をあとにしました。
(たぶん続く)
〈写真〉
上:武雄温泉の楼門は、東京駅を設計した辰野金吾博士の設計で、大正4年築。国指定の重要文化財。温泉は開湯1,300年だそう。
中:移転・新築した新武雄病院。
下:楼門をくぐるといくつかのお湯があるが、一番レトロで有名っぽいお湯につかる
2011年10月25日(18:22)
ちょっと感動したことなど

じつは、新築された円山動物園の「は虫類・両生類館」に行ったことがありませんでした。
日曜日は雨の中、女房と2人、動物園に出かけました。
もしかすると夫婦2人で円山動物園に行くのは、はじめてかもしれません。
子どもが小さいころは年に数度行ったのですが、
小生はここ5年ほど行ってないと思います。
雨の動物園は、ふだん動かないユキヒョウなど動物たちが活発で、なかなかよかったですし、
「は虫類館」は突き抜けていました。
ベーレンパイソンといいます。チョーかっこいいです。えー、ちなみに小生、ヘビは嫌いでございます。
ただ、こういう風に見せられると、好き・嫌いを超越した世界観で「は虫類・両生類」を見学できることがわかりました。
メチャ、フォトジェニックな空間。は虫類・両生類館、恐るべし!!
2人で盛り上がりました。
なお、この「は虫類・両生類館」が外断熱・自然通風利用の最新建築なのですよ!!
2011年10月21日(09:44)
10月28,29日 札幌市立大学でシンポ
札幌市南区の芸術の森に隣接して、札幌市立大学があります。
緑深い恵まれた環境の中で、来週の金曜と土曜、建築環境のシンポジウムがあります。
テーマが難しそうで、参加費8,000円という少々敷居が高いシンポジウムですが、小生はいつものごとく乱暴に、ピンポイント紹介します。

興味を持っているのは29日・土曜日の午前の部。

白井は29日午前の部に参加します。午後もいるかもしれません。
2011年10月12日(22:57)
夏を涼しく快適に

チームネット・甲斐さんというかたのセミナーを取材した。
以前、新聞記事にも書いたのだが、30℃もあれば暑くて当たり前。ところが当たり前という常識は意外と間違いだったりする。
半信半疑、あるいは「ウソ」だと眉にツバ付けながら聞いていただいてけっこう。じっさい自分も一昨年までは信じてなかったし、昨年は少し理解したがそれでも半信半疑だった。
30℃でもそれほど暑くない家ができる。
これまでの自分を含めた北海道の考え方に間違いが1つある。『軒やひさしで窓からの直射日光を遮へいする』というのは、現実はムリです。窓面の日射遮へいは外にすだれ状の遮へい部材を設置すること。できれば窓面から離して。
これができれば、北海道の家では充分涼しい。
方位は、真南を向いた家では、東、南、西面。南東を向いた家では、条件によるが南東、南西、北西または北東でいいと思う。全部やったほうがいいが、北海道ではそこまでの必要はない。
通風も重要だし、排気窓も重要だが、一番重要なのは日射遮へいだ。
そんな話を甲斐さんは順序正しく説明した。
眉唾な話にちょっとだまされてみませんか。
2011年10月09日(21:41)
クリック
リフォーム市民セミナーから1度家に帰ったあと、小生は再び出かけました。
高校時代の友人Kと食事をすることになっていたのです。
去年の同窓会を期に、ときどき連絡を取り、たまにメシを食うようになりました。
向かった場所は、これまた高校の同級生が経営する焼肉「やまと」。
http://r.tabelog.com/hokkaido/A0102/A010201/1012306/
なつかしい話や知らなかった話もあって、Kの言葉ではないけれど「サビ」を落とすとてもいい時間だったと思います。
こういうのいいね。
ちなみに、Kも2年前から走り始めているらしく、ハーフマラソンweb申し込みの「クリック」で盛り上がりました。
何度もHPを見てはちゅうちょする気持ちも、勢いでクリックしてからビビる気持ちも「わかる」ってことで。
来年、千歳JAL国際マラソンやるかっ!!
P社のKさん、フルマラソンの時間制限が6時間だそうですよ。
http://www.city.chitose.hokkaido.jp/chitosejalmarathon/kousiki/index.html
2011年10月03日(17:01)
札幌マラソン完走記

10月2日(日) ついに札幌マラソン当日を迎えました。
起床はやや寝坊気味の6:30。天気は雨です。
天気予報では、雨は上がりそうですが気温が11℃、風が11m/秒となっています。
地下鉄乗り継ぎのため大通駅で真駒内行きを待っていると、半数以上が出場者と思われる人たち。
一般の方が『何があるの?』って感じでキョロキョロしていました。
ハーフだけで6,000人以上、全部で1万人を超す市民マラソンですから、当然すごい数。完全にお祭りです。
真駒内駅を降りたら、強い雨。シャトルバスが待つバス停に列びました。会場についても雨。ところが幸いなことに雨はその後上がりました。
10kmレースのスタート。そしてあまり間をおかずに午前11時50分、ハーフマラソンのスタートです。
増田明美さんが「エンジョイですよー」と声をかけてくれます。スタートの花火、大きな拍手、そして6,000人の参加者が動き出しました。
スタートラインを越すのに2分弱でしょうか。公道を走るのですが、すごい人数ですから基本的には身動きがつきません。
そうこうして、5kmを過ぎました。このあたりから集団に落ち着きが出てきます。全体の流れに乗って、進みます。幌平橋で豊平川を渡り、河畔の道を走ったあと、ススキノから駅前通りを北進します。
人生初めての給水所。いやぁ、やっぱうまくいきませんでした。今回はすべての給水所でアミノバイタルというスポーツドリンクと水の両方をとりました。スポーツドリンクを一口飲んだあと、水でうがいをする感じです。
三越を過ぎてちょっとして折り返し。パルコが見えたのを覚えています。天気も晴れて、沿道にはたくさんの方がいらっしゃいます。このあたりから小生はとてもいい気持ちになりました。ランナーズハイです。
南大橋で再び豊平川を渡ってこんどは河川敷のサイクリングロードに出ます。心配した足切りには遭わず、何とかゴールを目指すことができそう。
ミュンヘン大橋にさしかかったとき、岩見沢市在住の建築家・中村さんとうちの家族を発見しました。
応援は本当に力になります。そしてそこから程なく、河畔を離れます。16kmくらいでしょうか。
ゴールの屋外スタジアムはもうすぐですが、コースはここから5km走らされます。そして小生、最後の5kmがきつかった。
『残り2kmになったらがんばろう』『残り1kmになったら限界までいこう』などと考えました。が、思うほどにスピードあがらず(涙)。
それでもスタジアムに入ってからは必死でがんばり、ゴール。
公式タイムは2時間15分少々らしいです。

まず、応援に着てくれた中村さんに感謝。打ち合わせ時間を変更して、文字通り駆けつけてくださったそうです。
家族にも、この場を借りて感謝。足切りに遭わないか、走りきれるのかずいぶん心配したようですが、無事に完走しました。
そして、冷やかし半分で応援してくださった多くの皆さんにも感謝。プレッシャーがトレーニングのモチベーションになりました
やっぱり2時間を切りたい。来年もう一度やると思います。
2011年09月29日(17:16)
おいしいのはこっち 八海山の焼酎

もらいものでございます。
新潟の中でも、小生は八海山の日本酒がとてもおいしいと思うのですが、そこの焼酎はさらにうまいと地元親類から推薦され、
「こんど送ってあげるよ」
のこんどが数年後でした。
いや、約束を忘れないところはさすが律儀な白井の血か・・・(笑)。
一口めはイモ焼酎のようなインパクトがないので、肩すかしを食った気分になりますが、ふた口めからは味わいが出てまいります。
奥の深い、日本酒にも似た米のうまさでしょう。
えー、商品名はよくわかりません。
ネットで調べたところ「宣有千萬 よろしくせんまんあるべし 米焼酎 25度」
出荷数がわずからしいです。
Good Job
ありがとう、Yちゃん
2011年09月19日(05:28)
朝5時のパソコンから
久しぶりにジャーナリストの端くれっぽい話を。
昨日の19時の某国営放送のニュースをご覧になった方はいらっしゃいますか?
福島県を中心にした東日本の米が安全であることをいろんな切り口から説明する内容でした。
収穫前の検査、収穫後の検査、暫定基準値を超えた割合(確か3%とか)、なぜほとんどの米が暫定基準値をクリアしたかの学者の見解。
これらの話を積み重ねて、「新米の安全性」を必死にPRしておりました。
ぼくは、今マスコミがやるべきことは、暫定基準値がクリアした米が、安全なのかどうかを各社がそれぞれ検証することだと思うのです。
少なくても昨日の国営放送は検証していませんでした。PRにとって都合のいい事実や意見を抜き出しているだけでした。
そのなかでも、個人的に戦慄が走ったのは、京都大だったかな、大学の先生の発言。
新米が(多くの国民の予想に反して)基準クリアした理由をこういう趣旨で説明していましたよ。
「福島などに多い粘土質の土壌だと、植物が土壌に堆積する放射性物質を吸い上げられない」
福島さんの米が売れなくなると、農家の生産意欲の減退につながると話す東京都内の米販売店の店長の話もインタビューされていました。
ま、国営放送がマスコミかどうかは判断の分かれるところですがね。
こういう報道が続くと、安心する人もいる一方で、ますます「自分の身は自分で守る」方向に舵を切る人たちが出てきて、結果として福島県産米が値を下げるのです。
それが福島のためなのかどうか、いま1度考えてほしい。
2011年09月05日(18:12)
30年前の大雨を思い出す
40歳以下の方はご存じなくて当然。それ以上の方もあまり覚えていない方が多い。
しかし小生はよく覚えています。30年前の大雨。
実家では半地下車庫に水が入り、近くの道路が冠水。
雨がやんでもしばらくは水が引きませんでした。
この雨を契機に千歳川放水路が計画されましたが、白紙に戻ったので、治水という意味ではあまり当時と変わっていないのではないかと思います。
札幌に限って言えば、都市化によって保水量は減っているでしょうし、あまり改善していないと思います。
このところの雨を見ながら、何となく30年前の洪水を繰り返すのではないかと少々心配しています。
当時小生は浪人生で、変化の少ない生活を送っていたため、きっと鮮明に記憶しているのだと思います。
不思議なものですが、ツライ日々の日常はもう覚えていないのに、災害は覚えています。
なお、白井の記憶では南区の川沿で土砂崩れがあったように思いますが、先日のセミナーでは「札幌市の職員が真駒内川が決壊した」と当時の被害を説明していました。
また、ある方は今の琴似のヤ*ダ電機のあたりが水没してボートで脱出したと話していました。

2011年09月01日(18:34)
フェースブックページ
樺沢紫苑さんという、Facebook本などの著者で精神科医のかたのソーシャルメディアセミナーを受講して、少しだけフェースブックの仕組みがわかるようになったので、練習のためにフェースブックページを2つ立ち上げてみた。
あったかリフォーム倶楽部のフェースブックページ
小生が事務局を預かっており、公式HPとあわせてフェースブックページからも情報を発信していきたいと思います。
現在、9月3日(土・小樽) 4日(日・札幌)に開かれるセミナーのご案内と、
あったかリフォームを推薦してくれたお客さまの動画を公開しています。
札幌ばんけいスキー場のフェースブックページ
公式フェースブックページがないので、勝手につくりました。公式ページができたら、私設ファンページに変更するかな。
ばんけいが好きな方、ぜひお寄りください。
どちらも見に来てくださったら、「いいね」のクリックをしていただけるとうれしいです。
「いいね」のためにはフェースブックの登録が必要になります(たぶん)。
2011年08月30日(19:08)
家づくりを見直す。震災から何を学ぶか
このテーマで本日、座談会を開催いたしました。
お集まりいただいたのは、
株式会社アシスト企画 岡本 勝 社長
株式会社キクザワ 菊澤 里志 社長
株式会社三五工務店 田中 寿広 社長
株式会社TM企画 森 成世 社長
の4名の社長さま。不肖・白井が司会を務めました。

とても難しいテーマです。
居住者の生命と財産を守るという住宅の使命に対し、今回の東日本大震災で目の当たりにしたことは、あまりに大きなことが多かったと思います。
ただ、地域工務店がやるべきことはきっとあるはず。
白井の思い込みを理解し、ご協力くださった4名の社長さまに、改めてお礼申し上げます。
いろいろな話がありましたが、
- 義援金で軽トラックを岩手県・大槌町役場に寄贈した(菊澤さん、アース21)
- 震災後、社内及び取引先にいち早く会社の姿勢をメッセージとして伝えた(田中さん)
- 高断熱・高気密を推進してきた工務店が、避難所となる体育館や学校の高断熱化に協力したい(森さん)
- ライフラインの回復まで生活を支える暖房等の補助設備を検討してみる必要がある(岡本さん)
内容については9月15日号の新聞特集でまとめます。
また、札幌良い住宅にも掲載したいと思っております。
2011年08月22日(19:19)
出会った活躍する人たち @地域活性化勉強会・意見交換会
8月21日(日)は、小生としてはよく動いた1日でした。
06:00 起床。ストレッチ
07:00 ジョギングへ。相変わらず遅いし、かっこ悪いです。
09:00 帰宅・シャワーを浴びて朝食。
10:00 庭の草刈り&片付け。これが信じられないほど伸び放題。
13:00 昼食。
14:00 ちょっと昼寝。
15:00 家の片付けをちょっとだけ
16:00 勉強会へ出発。
16:30 地域活性化勉強会・意見交換会に参加。木村 俊昭さんの話、そして集まった30名近くの皆さんと交流。とても有意義だった(内容についてはおいおい紹介します.フェースブックでも)。
20:00 帰宅。遅めの夕食(勉強会ではビール半杯でもっぱら交流.何も食べてなかった)
21:00 久しぶりにフロ。1ヵ月ぶりか???
22:00 就寝。
すごい!! こんな日めったにないゾ。
2011年08月20日(15:55)
フードプロデューサー 小畑 友理香さん
8月19日(金)の夜、小畑さんのセミナーに参加してきた。フードプロデューサーとは何か。そういうことよりも、例えば家庭の食卓に注目して、いまどんな変化が起きていて、農業生産者はそれにどう対応するかというお話しの内容で、すごく勉強になり、また視点が共感できた。
小生も戸建住宅という枠組みの中で食卓を見ている。そこには「料理しないキッチン」があり、料理しないまたは料理するがグリルや焼き魚、揚げ物はしないキッチンだから、美しさが第一に求められるとか、そういうことを感じている。
小畑さんは食卓を軸に見ておられるので、今やファミリー層より世帯数の多い2人の食卓、1人の食卓がどうなっているかということをメインに解説された。
冷蔵庫や調理器具はどんどん小さくなっているのだそうだ。
ボクは冷蔵庫は巨大化の一途かと思っていた。
ボクはいつも思う。
マスコミは「食の安全」が大切だという。それはそうだが、現実は、安全第一ではない。危険な食材は選ばないけど、食の安全に気を使う余裕はない、という消費者も多いのだ。(わが家だってそうです)
第一に空腹を満たす、第二にうまいもの、第三に危険な食材を避ける-じゃないのかな。
まず、現実を受け入れて。

2011年08月17日(17:20)
とかち・新得(しんとく)で夏休みCamp
仕事を抱えてのキャンプでしたが、8月12日から2泊3日、夏の楽しい時間を過ごすことができました。
仕事のほうですが、持参したソフトバンクのモデムは予想通り役に立たず、ネット環境を探してキャンプ地から徐々に街中へ移動。そしてたどり着いたのがJR新得駅でした。
ここは隣接する商工会がWi-Fiという無線LANを飛ばしていました。
キャンプ地から2往復しましたが、仕事も終了し、戻ったら子供たちがテントを設営し終わっておりました。いままではガミガミしかったものですが、父なしでやれるようになりました。
残るはタープのみ。
設営地はとても広くて空いていたのですが、平地がほとんどないため、テントとタープをうまくつなぐのが難しそうでした。
「パパが来てから」と決め込んでいた模様。

そのパパですが、あまり深く考えずに設営したので、やはりテントとの動線がよくない結果に。
とにかく早くビールを飲みたかったので、息子に
「炭起こしておけー」と社長のような命令を下し、自分は飲酒に突入。

2日目、3日目とも朝は少しゆっくり寝て、起きてからはまわりを散策しました。
サホロスキー場の中にあると言ってもいいキャンプ場なので、笹藪を抜けるとスキーコース。ここを抜けてクラブメッド、さらに下ってホテル施設がありました。
一方、コースを上ると急斜面が見えてきます。そして来た道と違うコースを下ると、ベアマウンテンの入口・ゴンドラ山麓駅におります。

ホテルやベアマウンテンは人出がありますが、キャンプ場は静か。お盆なのにとてものんびりできました。
安楽・快適な暮らしに依存してはいけない
キャンプに行くといつもそう感じるし、逆にどんな環境でも生きていかねばならないとも感じます。
住宅はできるだけ快適で、省エネであるべきですし、それは安らぎの基本です。
しかし、「ありがたい」という気持ちを忘れてはいけないと反省します。

狩勝高原キャンプ場、料金無料。けっこういいです。
2011年08月06日(12:02)
福島の桃

福島のももが送られてきました。
メッセージが添えられておりました。
福島県知事 佐藤雄平さん
福島市長 瀬戸孝則さん
詩 人 和合亮一さん
伝え方が上手ではないかもしれませんが、放射能被害を乗り越えようとする福島からのメッセージは、理解しました。
1日も早い復興を祈りながら、これから丸ごと1コいただくことにします。
福島は、死んだばあちゃんが生まれ育った土地です。
もう1人のばあちゃんが青春を送った土地です。
義理の母が生まれ育った土地です。
曾祖父の生まれ故郷であり自分のルーツです。
Sさん、ありがとうございます。

2011年07月22日(19:20)
「津波から命を助けたい」岡田弘先生の視点
少しお年を召されたが、2000年の有珠山噴火時にテレビで拝見していた印象と変わらず、しかしナマ(Live)のお話しは、岡田先生の学問を超えたフィールド活動に裏打ちされた「人命を救う防災」という点について明確でわかりやすいメッセージが感じられた。

午後からの座談会で、北海道大学名誉教授、岡田弘先生をコーディネーターに防災対応について語っていただいた。
岡田先生は、子供たちへの防災(津波が来たらとにかく逃げること)教育で人命が救われた成功例をいくつか紹介していたほか、生命の次に大切な財産である漁船の避難を重視していた。東日本大震災の報道でもよく聞いた「沖出し」については、いのちか船かみたいな議論になりがちだが、そうではなく、いつごろどのくらいの津波が来るか、特にいつごろ来るかの情報を出せれば、沖出しの判断を漁師または漁協がしやすくなるということをおっしゃっていた。こういう視点がまさに防災の視点だと強く印象に残った。
命が助かれば最低限いいが、できるなら財産も守りたい。そういう気持ちを真摯に受けとめてくれる専門家がいることに、ボクは少しうれしくなった。
もう1つ印象に残った言葉。
『地震は避けられないが、津波と噴火からは助けられる』
直下型地震の対策は建物の耐震性アップ、海で起きた地震は100%津波警戒。
これだけでだいぶ心構えが違うと思った。
2011年07月08日(13:01)
アース21住宅セミナ・相談会

7月16日(土) @苫小牧
北海道を中心とする工務店グループ「アース21」が初の市民セミナーを開催します。
直接市民へ語りかける取り組みをスタートさせており、第1回目は苫小牧。
苫小牧市文化交流センターで14時からです。
2011年07月07日(18:13)
ロシア料理「ペチカ」 @副港市場

ロシア料理と聞くと、ボクはなぜか学生時代を思い出します。紅花BENIHANAというレストランが渋谷駅の近くにあって、そのとなりにロシア料理の店がありました。(東急プラザのロゴスキーだったか?)
都会にあこがれていたあの頃、洋食レストランとロシア料理の店はボクの脳裏に強く刷り込まれたのでしょう。

稚内では夕食にロシア料理の店を選びました。
メニューとか見てもわからないので、コースを注文。
ヴィニグレットという野菜サラダ。赤いイモのような野菜はスビョークラといい、ロシアを代表する赤カブ(ビートの仲間)だそう。ボルシチの赤もスビョークラだそう。これ、なかなか食べやすいサラダでした。


ピロシキ。子どものころよく食べたな。好きだった。中に肉が入っているのがすごくトクした気分になる。だって、コロッケかと思って食べたらミートコロッケだったら、すごくトクした気分になるでしょ、若いころは。
このピロシキは具の塩味も抑えめで軽い感じ。

ボルシチは小生も知っております。具だくさんのおいしいスープです。寒い国なので刺激的な味を予想しましたが、そんなことはありません。穏やかなスープです。

ペリメニ。これはまんま水餃子のコンソメスープです。手づくりの皮がとてもおいしかった。ただ、ボクにはスープの塩味がやや強く感じました。
このあと、料理がとまりました。ママさんが、「もうちょっと待ってね」と声をかけてくれます。メニューをながめキョロキョロしながら待ちます。ロシアビールやワインもあるよう。やっぱクルマをおいてくればよかったな。グルジアワイン飲みたかった。


さて、ついにまいりましたメインディッシュ。シャシリークというそう。発音が難しいです。
バーベキューです。漬け込んだ豚肉をゆっくり焼いて出してくれます。これが思いのほかボリュームがあり、じつはメインディッシュが出るまで「セイコーマートで何か買って帰ろ」と思っていたのですが、満腹になりました。
ボクは羊肉でもおいしいと思いました。
これにソフトドリンクがついて1人1,500円。
http://www.w-kenki.com/pechka/
2011年07月06日(17:40)
日本海オロロンライン

増毛まで年に数回通っていた時期があります(渓流釣りです)。道路事情はだいぶ改善されたとは言え、当時はまだクネクネの山道が残っていましたし、海岸はいつも工事中。
今回走って驚いたのは、道路が8割がた更新されていることでした。ものすごく走りやすくなっていて、かつて難所として有名だった雄冬峠の面影もありません。
でも、この写真です。やはりどれだけ苦労してきたかはこの写真を見ればわかります。
雄冬から厚田までの区間、石狩湾を回り込んで銭函から積丹半島を回り込んで泊までの区間、そしてその先の日本海ルートは、やはり難所です。
一方、小平(おびら)町の有名なニシン番屋(旧花田家番屋)がある鬼鹿(おにしか)を過ぎると、海岸線の国道に「熊出没」の立て看板があります。人間の営みの跡が徐々に消えているのでしょうか。

遠別(えんべつ)からは酪農景観に変わります。この景色はどさん子のじぶんも感動しました。
牧草ロールの芸術。
白、黒、ブルーグレー、白黒まだら。様々なラップが丘陵地帯に並び、壮観です。
正式にはロールベールというそうで、どさん子なら何度も目にしたことがあるはず。
ただ、ちょっと考えたのは、わが家の庭で草取りをして、ポリ袋につめてゴミ出しの日までおいておくと、必ず腐って水分を放出し、一部はドロドロになるのに、ロールベールはなぜ腐らないのだろうかと。
けっこうな技術らしいです。腐らせずに発酵させるのかな?
2011年07月05日(13:17)
日本最北です

北緯45度を越え、日本最北端、国境のまち稚内へ。
今、ソフトバンク・孫社長がぶち上げて一躍知名度アップのメガソーラー発電所と、市の取り組みを取材してきました。
稚内は5メガワットのソーラー発電所があります。
14ヘクタール、東京ドーム3個分だそうです。

昨日は強風に大粒の雨。残念ながら写真的にはアウトでした。そこで、見慣れた太陽電池モジュールではなく、裏側をどうぞ。
設置の角度、高さ、太陽電池モジュールの種類をいろいろ変えて設置しています。

ついでに行き帰りによった羽幌のバラ園。
2011年06月22日(18:14)
味百仙
昨日会合があり、予約していた味百仙に行ってきた。けっこう楽しみにしていたが、期待以上。味にうるさいメンバーに何度も褒められた。
ボクは刺身盛り合わせ、唐揚げ、グリーンアスパラ、カキを使った何とか言うフランス料理、ジャガバタ煮などなど。
いまどきのチェーン店では絶対に味わえない、手づくりのこの店の味がありました。
場所も札幌駅北口近くで便利。
東京からの出張組は完全に気に入った様子でした。
ボクも(何せ食に興味なしの野暮な男ですが)、これはうまいと思いましたよ。
なお、お会計は7人で35,000円ちょっと。
味百仙 (あじひゃくせん)
北海道札幌市北区北七条西4 宮澤興業ビルB1F
食べログ>>

ジャガバタ煮でございます。
2011年06月17日(10:04)
アース21の活動
北海道の工務店グループである「アース21」がこのほど、東日本大震災で被災した岩手県大槌町に軽トラを寄贈した。

最初は集めた義援金をアース21北上に送る予定だったが、現地から「津波でクルマが流され、車両が不足しているらしい」と聞き、それならと車を贈ることになった。
支援活動って、支援したい思いが、いろいろな事情はあるでしょうがなかなか現地に届かなかったり、一般的には現金がいいでしょうが、そうでない場合もある。今回はお役に立てたのではないでしょうか。
菊澤里志会長、お疲れさまでした。
2011年06月10日(11:54)
知らぬは恥ではないと言いますが・・・
20数年この仕事をしていてまったく知らなかったのですが、民間がアパートなど賃貸住宅を供給してくれない町村では、自治体がすべての借家を提供しなければならない。
知らなかったのは、民間アパートがないという地域を想像したことがなかったという点です。
愛別町は旭川から微妙に遠く(町のホームページによると、交通機関にもよりますが旭川から50分程度)、農業中心の産業構成で雇用の場となる商工業が少なく、民間がアパート事業をやらないのだそうです。
旭川から近い町村は通勤者などもいて賃貸が事業として成り立つ。
また層雲峡を持つ上川町のようにホテル街があると、従業員宿舎が必要になる。愛別町は、そういう意味で不動産業の事業性が低いということだそうです。
町の中心部にたくさんの町営住宅がありました。
ボクは今でこそ行かなくなりましたが、30代前半までは道東1周1週間コースとか、出張して工務店めぐり、新聞購読の営業をして回ったものです。小さな町村でもかなり行っているつもりです。
知らぬは恥ではないと言いますが、驚きました。
いつまでも謙虚な姿勢を忘れてはなりませんね。

〈メイン通りに蔵がありました。これがプレートです〉
2011年06月09日(13:15)
マイタケ

愛別町での取材を終え、お昼休みに目星をつけておいた農家に直行。
「こんにちはー。マイタケください」
そんなわけで愛別産マイタケを2パック購入して参りました。
1パック500円。たぶん、信じられないほど安いです。
いつも世話を焼いてくださるお隣に1パック。
わが家はまず天ぷらでいただきました。
偶然ですが、味噌汁もマイタケ(こちらはコープさっぽろ)。
甘いお味と独特の風味が天ぷらに封じ込められて、うまかったー。
2011年06月04日(08:00)
日高・えりも紀行
日高に日帰りしてきました。6月2日(木) 遊びじゃなく・・・。
やはりこれでしょうかね。


短角牛と言うそうで、赤身でいわゆる霜降りではありません。霜降りが評価基準である日本では、当然に評価が低くなる。
しかし、焼肉・ステーキはむしろこちらのほうがうまいと思いますし、実際とてもおいしい肉でした。
ボクはサーロインの脂身が好きですが、このお肉はおなかがいっぱいになってもまだ脂身を食べたくなるような、とてもいい肉。
完全な自然放牧で、しかもあのえりも岬で、あの風の中、草をはんでいるのですがら、本当に強い牛です。
ぜんぜん固くないですよ。
あんまりおいしくて、我を忘れて食べたため、サーロインのお姿photoがありません。
えりも短角牛 高橋牧場
http://www.storyshop.jp/cgi-bin/disp_shop.cgi?shop_id=51

帰りはおやくそく。
何もないどころか、何も見えない。えりもでした。
2011年05月26日(18:48)
京都といえばやはり

舞妓(まいこ)さんですかね。
言い訳じゃなく、何となく人通りを写真に納めようとカメラを向けたら、キレイなお人形さんみたいな舞妓さんがこちらに歩いてきたのです。
ここは天龍寺前。どうしても見たかった仏像は太秦(うずまさ)の広隆寺というお寺にあり、そこから電車1本で近かったのがこの界隈でした。
すごいにぎわいです。

この日の京都はけっこうな暑さで、30℃近くまで上がった模様。一足早く夏の日差しでした。
2011年05月03日(17:51)
レトロスペース・坂会館

4月30日に初訪問しました。
リカちゃん人形がすごいことになっているとか
(どんなことになっているかは、ここでは書けません!!)、
いろいろ前評判を聞いていたのですが、ここは本当にすごいです。
一見の価値あり
通り越して百見の価値あり ではないかと思われます。
レトロ ナ グッヅ ヲ 集めたガラクタ箱のような場所なのですが、それがなぜかなつかしい。そしてやさしい。
じつに不思議。
坂会館は、おもちゃだけでなく、すべての"モノ"に興味と愛情があるコレクションです。
ちょっとインテリでもあります。
女性も見に来ています。決して男の世界ではありません。
おまけに、となりでは坂ビスケットを購入することができます。しかも激安。

こういう施設が維持され続けることが、民力だよな、なんて思いましたです。とうてい小生ではコレクションできませんし・・・。
札幌市西区二十四軒3条7丁目3-22(旧国道5号線沿い)
Tel/Fax 011-632-5656
open:11:00~18:30
close:日曜・祝日・土曜不定休
2011年04月28日(18:11)
東京について-4月28日

札幌に戻ってきました。
地震の影響で大震災翌日のイベント(@東京)を中止にしたこともあり、その後どうも落ちつかず、おとつい、昨日と東京に出張して何となく気持ちの整理をすることができました。
東京は暗く・暑かったです。
照明が暗い、冷房温度が高いという意味です!!
あちらのみなさんは、震災当日の帰宅難民状態と計画停電の体験がトラウマになっていて、仕事もプライベートもすべてはそこから考えているように見えました。
やはりとつぜん電気が消えたり、鉄道が止まって通勤・帰宅できないというのは、相当インパクトのある体験だったようです。
その体験の有無が、札幌との温度差でしょう。
ただ、夜(居酒屋系)はそんなに従前とは変わりないように思われました。
サラリーマンのまちはどこも1杯飲んで帰る人たちでにぎわっていました。少し減っているのかもしれませんが、何せ人が多いので、小生にはわかりません。
今回はホントにリセットの出張で、4ヵ月やめていたジョギングを27日朝の皇居一周から再開しました。
両足の故障が直ったわけではないので、ゆっくりスタートです。
〈写真は桜田門近くの道路に咲いていたツツジ(サツキですかね)でございます。余談ですが経済産業省の前に、以前はなかった警察車両が・・・。やはり原発対応でしょうか?〉
2011年04月27日(19:01)
冷房と第3種換気
いま、東京にいます。
夏の冷房と換気について取材してきました。
これまで、夏場は湿気対策の面でも熱交換換気、それも全熱タイプと言われる換気がいいと言われていた気がします。しかし、そうではないようなのです。
原発事故によって、東京・関東地方は電力供給が不足気味で、夏場を乗り切るために節電、冷房抑制などなどがすでに実行されています。当然、家庭の冷房も「節約しようね」という話になるのですが、これについては「無理をしないでね・ガマンせずに冷房を入れましょう」ということも言われています。
そして、換気との組み合わせでは、第三種換気を0.5回/h以上、できるなら1.0回程度行い、エアコンを使うのがもっとも省エネなのだそうです。
いろんな意味でフェーズが変わる年になるかもしれません。
2011年04月12日(09:53)
仮設住宅の断熱仕様
グラスウール10K 50mm厚(相当) だそうですね。
あくまでも"うわさ"ですが、
被災その他で断熱材の供給が逼迫(ひっぱく)し、「何でも良いから断熱する」という判断もあったようですが、スペックがとても低いところに決まってしまったため、断熱材をかき集める必要もなくなった?
政府の決定って最後の部分で日和るんだな。いつものことだけど。
途中までの理念と結論の落差を、納得しきれない人も多いようですよ。
2011年04月08日(19:00)
危機だからこそ、立ち向かおう。
昨日、ある会合で「最近のおたくの新聞みていると暗くなる」って言われました。
いつもかなり読み込んでくださっている方で、『ああそうか、そう受け取られているなら、よくないな』と思いました。
じつは、3月25日号と4月5日号は、紙面テーマが『危機』でした。お感じになった通りなのです。
ただ、伝えたかったのは『危機』であり、『不安』ではなかったので、大いに反省しました。
危機だからこそ、立ち向かおう。立ち向かう準備をいち早く進めよう。
これがメインメッセージです。
今日は20年以上のおつきあいをさせていただいている、ある社長さんとお会いしました。
「白井さんの意見を聴かせて。この事業、やってもいいだろうか。止めるのも勇気だから、見直したほうがいいだろうか?」
ボクは、失礼とは思いましたが、こういう趣旨のお答えをしました。
『会社を存続させるためにすべての方法をやるべき。この事業が存続に必要なら悩む必要などない。ボクは前に進むべきだと思います』
2011年04月02日(16:34)
一部の大手は受注停止だそうです。
3月の消費動向。
>>百貨店の売り上げが対前年で20数%減。
>>自動車販売が30数%減。
>>ホテルのキャンセル20万泊以上
>>ススキノのお店が1日単位の売上で半減の日も。
皆さんもうご存じだと思います。
住宅メーカーは、大手の一部が受注を停止しているようです。
今回の震災影響はきわめて深刻だと感じています。それと同時に、今年1年の期間限定だと思いますが、3月12日以降、業界が『逆回転』をはじめたと受けとめています。
受注があるのに物不足で、通常通り施工できないと何が起きるか。
社内では営業部門より購買部門や施工/工事部門が強くなります。しかし、社内のパワーバランスが変わったとしても、施工/引き渡しできればよし。もし、仮に工期延長・着工延期・受注停止になると、営業など販売部門は生産部門に従属することになるでしょう。営業中心の会社ほど固定費の大きさがきつくなります。
すなわち、施工会社より、営業会社のほうがリスクが高いのです。これを『逆回転』と勝手に名づけています。
3月10日まではその逆、営業中心の会社ほど業績が好調でしたから、まさに逆回転。
逆回転と、それによる混乱が危機の核心だと思います。
2011年03月28日(19:20)
副ヘンが無事に帰ってまいりました
けさ、写真と動画を見ました。
陸前高田と石巻が中心です。
言葉がありませんでした。
津波で何もなくなった場所と、何も変わらず家が建つ場所。それが隣接しています。
陸前高田は海から4km程度の地点まで津波が入っています。
沿岸部から逃げた方の話によると、地震後すぐに店を飛び出して車で自宅に戻り、奥さまを乗せて山手へ走行。渋滞したため車を捨てて避難所の学校まで走ったそうです。
津波は学校の下の坂まで来たそうです。
揺れによる被害は石巻のほうが大きいようです。
それにしても、
「がれきの山、ではなくがれきの海・・・」
副ヘンがぽつりとつぶやきました。
全面がれきなのです。何もありません・・・。
2011年03月10日(17:58)
夜の梅 とても美しい

お店の真ん中に「梅」。女子会に最適。
なぁんて。
札幌駅前のお店で懇親会にお呼ばれしてまいりました。じつはこの日が初対面の方もいたりして、ちょっと興奮モードだったと思います。
ボクたちは、女子会ではなく合コンでございました(ウソです。男女比が3対3で同じだっただけです)。
帰りに札幌駅から大通りまでの新しい地下道を、ちょっとだけ歩くことができました。
明日はいよいよ上京でございます。
住宅換気フォーラムのお申し込みは明日お昼まで。
http://www.iesu.co.jp/images/forum2011.pdf
2011年03月03日(09:40)
北の屋台 坂本和昭さんの話から

北海道・帯広で北の屋台を実現した坂本さん。
街おこしとしてはじめた北の屋台。しっかり続いて10年。商売としても定着してきているそう。
坂本さんはすでに北の屋台の運営を「卒業」され、次世代への取り組みをはじめている。
問題の原点は、中心市街地の空洞化です。
坂本さんを動かす動機は、商店街が夢を持てなくなっているなかで、大切なのは地域に喜んでもらうことで商売もうまくいくというまちづくり(公共性)のアプローチ。
これは昨年取材した香川県高松市の丸亀町商店街と同じ。
そしてその話をする坂本さんの声が素晴らしい。説得力のある内容ときれいな声。天賦の才能に磨きがかかっている。
そう思いました。
ボクは、中心市街地の空洞化問題は、微妙に住宅業界とからむ予感がします。
市街地活性化事業としては「住まい」が事業の一端をになうので大きくからむのですが、住宅はコンクリート造(RC造)になるケースがほとんどなので、工務店とは関係しないようにも見えます。
でも、これからはそうじゃないような・・・。
高断熱・高気密化の推進で公益のためにがんばってきたように、これからはまちづくりと地域振興のために、まちづくりに「コミット」するべきではないかと思います。
いわば坂本さんと同じ視点です。
とは言え、書いている自分も模索中ではあります。
2011年02月28日(10:02)
やよいひめ という名のすごいイチゴ

新聞3月5日号の記事を書いていたら、宅配便ですごいイチゴが届きました。思わず撮影。そこにちょうど印刷会社の方が・・・。
顔を見合わせて笑ってしまいました。
いただき物です。「やよいひめ」という名から、おそらく3月出荷のハウスものだと思われます。群馬のイチゴです。
開けてみるとお手紙が同封されていました。
撮影中から香りが立ち上がり、待ちきれずに思わず食べてしまいました。豊かな気持ちになりました。昨日の夕方から少々気持ちが荒れていたので、最高のいただき物です。
お心遣い、ありがとうございました。
2011年02月09日(19:04)
子どもは天才

あと1ヵ月でわが家から小学生がいなくなります。
この1年は親にとっても記憶に残る年となり、感謝の気持ちをこめて、スキー学習のお手伝いにいってきました。

9:00集合.
担当は4年生のCグループ。Dがほとんど経験がない子、Cはリフトに乗れる子だそうで、たいへんかなと思ったが・・・。
準備体操してさっそくリフトへ。まず1本。恥ずかしながら小生が最初に滑り、そのあとを20人あまりの子が滑ってくる。みんな上手。本当に上手。いけるじゃないCグループ。
もう1本滑り、林間コースへ。
林間は先生が先導。小生が最後について出発。いたいた落下生?第1号。落ちた子を助け上げ(自力で登ったよ)、無事終了。
2本目からはBグループと合同に。小生の後ろの子が落下。でもみんな本当に上手に滑る。
最後の3本目。ずっといっしょにリフトに乗った子が「まだ滑りたい。もっとスピード出したい」って。いいねえ、そういう言葉が聞きたくて今日来たんだ。このあとお父さん・お母さんに連れて行ってもらえたらいいね。
11:00終了.
ここで小生のお役はご免だったが、校長が滑れない子3人をつれて林間コースに行ったという。
何かとメディアなどに露出が多いS校長だが、じつは裏方もしっかりやる。子供たちを楽しまそう、1回でいいからリフトに乗せてあげようという姿勢。
追っかけてリフトに乗った。林間に入ると、最初の左カーブにまだいる。こりゃたいへんだ。
2人を引き受ける。校長はもっとも手ごわい1人をマンツーマン担当。
小生が引き受けた2人の女の子は天才だった。ちょっと教えただけでみるみる安定。「1人で滑ってみる!!」「最初だけ支えて。あとは行ってみる」
前回は暴走になったという最後の坂もしっかり制動をきかせて。
小生は最高にうれしかった。
学校の先生とは違い、子どもと遊ぶのは非日常。子どもからものすごい刺激を受けて帰ってきた。
やっぱり子どもはみな天才。素晴らしい才能を持っている。そしてみんないい子たちだった。
本当にありがとう。
2011年01月29日(15:20)
タマホームいよいよ全道展開
来ましたね。
北海道マイホームセンターに出展です。
と、つぶやいてみました。
〈寂しかったのでスウェーデンのカレンダーをアップしてみました。何の関係もありません。
日曜日が右端にきているのが特徴的です。〉

2011年01月27日(09:49)
エコハウス コンテスト いわて

岩手県でエコハウスコンテストが前身の時代を含め10年近く続いている。
昨年も募集が行われ、審査が行われ、そして表彰式が2月26日に行われる。
この審査というのが気合い入っている。
たいていのコンテストは書類審査で終わるものだが、このコンテストは現地審査も行われるのだ。
実直に、そして継続して行われているのがこのコンテスト。
趣旨はこちらも見てください>>。http://eco-con.jp/
2月26日(土)には、市民を交えた住宅・子育てトークも行われる。
小生は参加できませんが、記事にするかもしれませんです。
2011年01月20日(15:40)
スウェーデン・ウプサラ

ウプサラ城からプロテスタントの大聖堂、市外を見下ろす。
ウプサラ在住の中越さんからちょうだいした写真です。
札幌も雪が降ればとても美しい町に変わります。
雪はときとして害ですが、美でもあります。
2011年01月15日(17:58)
雪庇報告 その3 整理すると・・・

雪庇・巻きだれを防ぐ方法ってないといわれています。
今回見学してわかったことは、雪庇切りを設置すると有効だということと、パラペット立ち上げで建築的に解決する方法があるということです。
これは発見でした。
方位については、南東から北東のあいだ、札幌の街並みでは南東がもっともよくできています。
巻きだれがひどくて窓にかかってしまった家もあります。住人はきっと何とかしたいと思っているでしょう。
対策は今のところ雪庇切りしかないようです。これから建てるのなら、パラペットの立ち上がりの工夫など、やりようはあります。ただ、巻きだれ処理と雨仕舞(外壁保護)を両方解決する方法はなかなか難しいかもしれません。
三角屋根については、まだ整理がついていません。
2011年01月15日(13:39)
雪庇報告 その2 記録に残す

今日は家々の雪庇・巻きだれを撮影しながら、2時間かけて徒歩通勤しました。
きのうの夜、飲み屋で「オレは明日、7時から人目を忍んで屋根の雪の撮影をする」
と話したら、ヘンな目で見られました。
札幌は今日、マイナス10度です。
延べ30軒を超す家を撮影しました。
今日の午前9時までがギリギリの撮影タイミングだったようで、その後気温が0度付近まで上昇して雪融けが始まっています。
この10日ほどの間にいろいろな雪庇・巻きだれを観察することができましたが、今日はそれをまとめて記録に残したのです。
所持品は、カメラ、コンパス、そして録音機材。
撮影し、方位を確認して、気になることなどをその場で録音します。
カメラだけで充分怪しいのに、右手にカメラ、左手にレコーダーでときどき独り言を言っている姿は、きっと怪しかったと思います。出も悪いことはしていませんので、安心してください。
その中からこの1軒をお見せします。
撮影方位は東になります。向かって左面が南東になり、この面はどの家もひどい巻きだれができているのですが、この家はごく少ない。
東の軒(パラペットかもしれません)を立ち上げた形状が巻きだれを防いでいると思われます。
2011年01月13日(18:46)
ふるふる、雪が・・・。

札幌はこの1週間、雪が降り続いています。
午後から郊外へ出かけましたが、久しぶりの真っ白・ホワイトアウトと呼ばれる状態に近くなりました。
この雪を見ながら渋滞中の車の中でふと"夏は雨が多かったけど、冬も大雪化傾向なのかな"と思いました。
わが家はついに屋根に雪庇ができました。雪が降り続いていること、ときどき強風になることが雪庇生成の原因です。わが家はできないと決め込んでいましたが、やはり自然は想像を超えた力をときに発揮するようです。
写真はある建物の屋根雪。これだけ降ると、対応が間に合わなくなります。当社の前の片側2車線道路は、片側1車線に減り、今週ずっと渋滞。上下線ともさながら中古車展示場のようです。
2010年12月16日(19:32)
雪を資源に変える技術

昨日、今日と本当に冷えております。
北海道では、冬に降った雪は融けないことになっておりますが、これをそのまま保存しようとしたら、いつ頃まで持つでしょうか?
7月くらいは行けそうです。
じゃ、夏は越せる? 次の冬まで持つ?
ここ2-3年の技術開発により、春先に集めた雪は、特殊なシートをかぶせることで6-7割、次の冬まで持たせることができるのだそうです。
これによっていろいろな可能性が出てきます。
まず、夏の観光客に真冬の雪を提供できる。
スキー場のオープン時期をコントロールできる。
もともとは雪冷房用に雪山を融かさず保存するための技術。
そしてその雪冷房もすごい技術革新があって、
エアコン(チラー)とまったく同じ性能が出せるようになったのだそうです。
その最大規模の適用例が、新千歳空港にこの春から導入された雪冷房です。
暑かったこの8月に、冷房負荷の2割を雪がまかなったそうです。
こういう話を聞くと、ボクはワクワクしてしまうんです。
特に、雪と暮らしにはすごく関心があって、この話題は今日の朝から、とてもうれしくなりました。
観光振興にも、コストダウンにも、結果としてのCO2削減にもつながる。
用途はもっともっとあるんだそうですよ。
2010年12月04日(13:10)
「断熱化についてしっかり要請してこい!!」
と何人かの方に言われておりました。
札幌市は市営住宅や市所管の建築物について、断熱化をしっかり行うべきだ、という各位のご意見には賛成ですが、小生は「雪と暮らし」について話をしたかったのです。
「ふらっとホーム2010 in 西区」当日の様子は、三角山放送局が12月10日午後4時から5時30分まで放送するそうです。ヒマな方は(そんな方いないか・・・)聞いてください。また、広報やホームページに掲載されるそうです。

〈写真はプライバシーの関係で、公務員方向のみで勘弁してください〉
いやあ緊張したな。
社員Kくんの結婚披露宴の祝辞の次に緊張した。
で、『おれ、どうして緊張してるんだよ』って自分に問いかけたんですよ。
そしたらもう1人の自分が『だって、お役人がたくさんいて空気が痛いんだもん』って答えました。
上田市長の後ろに事務方幹部?がズラリ。このほかにももちろんお世話係としてけっこうな数の職員さんがいるのですよ。
大臣になったとたんに所属省庁に取り込まれてしまう状況がちょっとだけわかりました。(わかるワケなかろうが、たった2時間で!!)
2人の自分のやりとりが終わってからは、少しだけ落ちつきました。事務方に市民のナマの声を聞かせたい、という狙いもあるのかもしれませんから、人員構成はやむを得ないか。政策に少しでも反映することが参加・発言の本当の狙いですから・・・。
自分以外の発言者7名の皆さんは、緊張の中でもすごく落ちついていました。素晴らしいな、と率直に思いましたね。特に女性は見事でした。20代から70代まで5人いらっしゃいましたが、まわりに影響されずにしっかりと自分の考えを述べておりました。
男性2人も笑わせるツボを押さえながら、年の功でしたね。
小生は、
を話したつもりです。
※忙しいけど少し落ちついたのでブログ復活気味!!
2010年12月01日(18:59)
札幌の住宅会社はシンクロ・スイミングのように華麗で過酷

水面では華麗な舞いと笑顔で美しさを競う一方、水面下では上半身のバランスを維持するために全開で運動している。
札幌圏以外の住宅会社・建築会社のなかには、
「札幌の市場は甘い」
とか、
「札幌の住宅会社はラク」
といったいい方をする社長さんがいます。また、札幌に転勤してきた建材メーカー筋の方も、最初の数ヵ月は
「札幌の住宅会社は努力不足。札幌圏以外はがんばっている」
と評する人がいます。
確かに札幌圏の住宅会社は、『こだわりを持って家を建てていない』『家の内容の割に価格が高い』面がありますから、「俺ならもっとローコストに建てられる」とか、「強烈に差別化できる」と考えるのもわかります。
しかし、ボクは
「そうではないと思いますよ」
とお話しします。
「むしろ札幌がもっとも厳しい市場である」と。
なぜなら、札幌はユーザーから住宅会社に声がかかるまでが、もっとも大切な勝負だからです。
どうやって購入希望者に自社の存在を知ってもらうか。そこでもっとも激しい競争が繰り広げられています。
しかし、それは水面下の出来事なので、水面だけを見ていては気がつきません。
先月末(昨日)、札幌に出先を構えたある住宅会社が破たんしました。原因は単純ではないと思いますが、進出2年目くらいから建売がパタリと売れなくなり、多くの在庫を抱えていました。社長は最初「土地の仕入れはきわめて順調。札幌は甘い」と言っていたようです。
地方から札幌へ進出する企業は、今後も増えると思います。少々のやけどならいいですが、大事になっては元も子もありません。そんなことを思った師走の1日でした。
なお、このことは新聞記事にもしたことがあります。
http://www.iesu.co.jp/article/2010/04/20100425-4.html
2010年11月24日(18:20)
衝撃の写真

皆さん、これ何だかわかりますか。
スタッドレスタイヤにとりついたカビ、ですかね?
納豆菌か綿アメみたいです。
こんなこと初めて。
『○○ホームが40棟、床下がヤバイらしい』とか、いろんなうわさが立つほど、今年の床下環境は厳しいものがありました。
この件について、小生も少し考えが変わるかもしれません。
とりあえずわが家の床下から取り出したタイヤはこんなだったというご報告です。
何かで読みましたよ、山あい、山すそは湿気が多いから注意。
湿気が多いのか気温が低いのか、その両方かもしれません。
本当に土間下全面に断熱したらカビを防ぐことができる?
わからん。
2010年11月11日(12:07)
秋の北海道大学

11月10日(水)
取材で北海道大学を訪れました。
今年は紅葉がいまいちと言われていますが、小生のまわりの紅葉は、けっこうきれいです。風で散ることもなく、割と長く楽しませてもらっています。気温が高いからでしょうか。
北大構内がもっとも美しいのもこの時期だと思います。見てください、理学部(確か)前の紅葉のじゅうたん。そしてノーベル賞。
雨の日は一段と紅葉がきれいです。
そろそろ紅葉の季節も終わり、冬に突入しようとしている北海道。
ちなみに来週は紅葉を追いかけて岩手、仙台、そして東京のかけ足出張です。
2010年10月27日(11:51)
一瞬の輝き 雪化粧の朝
同窓会が終わると少し落ちつくはずが、なぜか全然落ちつかず、ブログは悲惨な更新状況です。
11月に入ると仕事集中モードになる予定です。
さてさて。
札幌大雪。
雪が降った朝は必ずいいことがあります。
ボクは冬が大好き。輝く季節が大好きです。

2010年09月02日(16:48)
民主党代表選に思う
菅首相と小沢一郎氏の一騎打ち。皆さんはどう予測していますか。
原稿アップをやめようか迷いましたが、アップすることに決めました。
ボクはこう見ています。
北海道のためにいいのは小沢さん。
日本のためにいいのは菅さん、とは断定できない。
しかしこの選挙、小沢さんは勝てないだろう。と。
小沢さんは、幹事長を退任した理由が理由だけに、「何で立候補しちゃう?」という疑問がよく聞かれます。
しかし、人気がないから勝てないと予想しているのではありません。
アメリカの承認が得られないだろうという理由からです。
アメリカは陰に陽に、小沢おろしをするでしょう。
それにつけても鳩山さんという人は、大事なときに必ず判断を間違う人ですね。きっと本当に人のいい方なのでしょうが、政治家としては情に流されすぎでしょう。
そんな鳩山さんですが、政策面で期待はありました。彼が辞任した段階で本格的な地方分権(地域主権)政策は完全に葬られたとボクは感じています。
小沢さんが首相になれば別ですが、やっぱり日本の政治において、東北・北海道(プラス沖縄)が浮かび上がる道は、今回もおそらく断たれるでしょう。残念ですが。
結果として、北海道は来年度以降、もっと逆風になると覚悟を決めておいたほうが良さそうです。
※こういう言い方をするのも、小沢さんと菅さんの政策をよく見ると、とても対比的にボクには見えるのです。小沢さんの政策を東北・北海道寄り、菅さんの政策を関西出身の大手企業(地域)寄りという目で見てみてください。

〈関係ないんですけど、なべやんさんからいただいた富良野みやげ。富良野はもっとも北海道的でもっともうまくいったブランドかなと思ったりします〉
2010年08月31日(17:35)
残暑
8月も今日で終わるというのに、全くもって北海道らしくない暑さが復活しています。特に夜の気温が下がらないことが、かつてない暑い夏を実感させております。
首都圏で暮らしていたころ、一番こたえたのが8月末から9月中旬までの2週間(いわゆる残暑)でした。
梅雨明けから一ヵ月は、気合いで何とか持ちこたえることができました。しかし、この時期の暑さはわずかに残った気力を奪ってしまいました。
今年の北海道は本州並みです。先週後半で夏は終わったと高をくくっていたので、日曜からの暑さは少々ツライものがあります。
とはいえ、あと2週間で確実に秋が来ます。もう一度、暑い晩夏を楽しみましょう。
今日は汗だくでチャリをこぐことになりそう。日曜日に捕獲したキリギリスは、長生きしない感じです。
2010年08月26日(19:38)
自転車に乗っていて気になること
最近は仕事先にも自転車で出かけることがあります。
駐車場がない、または高すぎる
自転車で行ける距離である
場合です。

お盆前にダブルループ錠という2mのワイヤー錠を購入したので、今までよりも安心して駐輪できるようになりました。
ダブルループとはワイヤーの両端が輪ゴム大の輪になっており、一方の端部をループに通して車体に巻き、さらに電柱と前輪、後輪を巻いて南京錠でロックするという技ができるのです。
〈こんな感じ〉
そんなで、ホテル、オフィスビル、公共施設、マンションと行ってみたのですが、
駐輪場がありません。
モン*レ・エーデルホフのビルでは、×印ステッカーを貼られました。
札幌駅北口のLプ*ザは、札幌市の施設であるにもかかわらず、来訪者用の駐輪場がありません。
非常に冷たい街ですね。(涙)
駐輪場をつくってください。お願いします。
2010年08月25日(18:50)
吉川孝先生にお会いしてきました
吉川孝先生は、税理士で、企業の事業承継、すなわちオーナー企業の社長交代をスムーズに進めるサポートをライフワークとされる方です。
事務所を訪問し会議室でお待ちしていると、先生登場。
『うわっ、ヤバッ。怖すぎ』
街でお会いしたら、きっと怖い方と間違えたでしょう(失礼)。
しかし、話し始めるとすごくいい方なのです。真剣で、情熱があり、実業のことを理解し共感してくださいます。業界の情報も詳しい。
そういう生き方をする税理士先生は、アウトサイダーだそうです。「マイナーならとことんマイナーでいこう。そして、とことん事業者のためになる仕事をしよう。それが自分の原点」
そう考えた先生は、この秋、新しい一歩を踏み出すそうです。
ボクも父から事業を引き継ぎました。「事業承継」を経験した1人です。そして代表取締役が1人になって丸1年です。
昨年の10月15日号新聞で「事業承継」を記事の1つとして取り上げますと宣言してから、1年がたとうとしています。

2010年08月10日(15:58)
ジョージ・ナカシマ記念館
四国・高松市の東部に牟礼(むれ)という地域があり、そこにジョージ・ナカシマ記念館があります。
ジョージ・ナカシマの名を知っていたかと聞かれると、知ってはいましたが詳しいことは何も知りませんでした。そんな自分がなぜそこを訪ねたかというと、岩見沢の建築家・中村さんに「素晴らしいから、ムリをしてでも見てきたほうがいい」とアドバイスをもらったからでした。
それまでは、高松とジョージ・ナカシマのつながりももちろん知りませんでした。
ジョージ・ナカシマは20世紀を代表する家具作家です。名前の通り、日本人(日系二世)です。中村さんによると、ナカシマは日本の家具工場に自身の作品の生産を任せるに当たり、高松(牟礼)のほか旭川を検討したそうです。木材という素材では旭川に軍配が上がったが、作り手については牟礼が良く、最終的に牟礼に決まったそうです。
豊田さんという記念館の方に作品の背景や、ポイントを説明してもらいながら、小生を含め5人ほどで見学しました。
もっとも感動したのが写真のイスです。
いっけん硬そうな木のイスですが、座るとまるで包み込むように背中をサポートしてくれるのです。おしりが滑ることもありません。1脚20万円弱だそうです。
写真は市販品なのですが、記念館には一品ものがあります。違いは塗りと座面。一品ものは漆塗りで、座面がちょうなではつったような小さなデコボコがついているのです。
下の写真が一品もののほうです。

子どもの手が離れたら、一品もの仕様で2脚、ほしいなと思いました。
ディテールは、生産会社である桜製作所の技術が投入されており、最小限の補強・見え隠れの組み手技術で高い強度が実現しているそうです。こういう部分のレベルの高さが、ジョージ・ナカシマをうならせたのでしょう。
http://www.sakurashop.co.jp/nakashima/
2010年08月04日(17:43)
おいしい讃岐うどん
ようやくうどんについて書く時間が生まれました。
讃岐うどんのうまさはもちろん麺のコシの強さだと思いますが、現地で6食も食べると、いろいろ見えてくることもあります。食べまくりのラーメン党の皆さんと同じですね。(以下、長文です)
せるふうどん キリン:

もろ地元の店。もとは工場の建物だそうです。すなわち巨大な食堂。藤本さんという地元高松の工務店社長に連れて行ってもらいましたが、流儀がわからないながらも楽しめました。
天ぷら3つつけて490円。うどんとおにぎりなら300円。
ネギに隠れてレモンが乗っかっているのですが、この時はまだ『何じゃこれ』と思っておりました。
http://www.taiyow.co.jp/udon/kirin/index.htm
うどんのわら屋:



四国村という以前に紹介した屋外博物館にあり、民家を改装してうどん屋さんになっております。まあ観光地ですのでさほどの期待をしておりませんでしたが、うまいです。
平日限定450円というメニューで、麺のコシが凄かったです。
http://www.shikokumura.or.jp/intro/intro_08.html
讃岐うどん 明石家:

高松丸亀町商店街にあるお店。取材先の商店街だったので、やはり体感せねばと入ったのです。
おなかがすいていたので、釜揚げ大盛り。
天ぷら、メンチカツつけて大盛りで520円。3食目となったこの店あたりから、讃岐うどんの味の決め手は薬味ではないかと思い始めました。どっさりネギ、ショウガ、大根おろし、そしてレモンを一搾り。
http://akashiya.marugamemachi.ne.jp/index.html
うどんの宗家 川福:
ここは、電車広告か何かで見つけたお店で、札幌にうどんを送るために入りました。伝票を書いてお茶を飲みながら、「やっぱここでも食うべ」と頼みました。
520円。高かったです。つゆがちょっとしょっぱく、おまけにこの店だけ写真がありません。家族にはたいへん好評でした。
http://www.kawafuku.co.jp/
白川うどん:



丸亀で入ったお店。市民会館に入っているテナントなのですが、何と言えばよいか、立ち食いそばに近い感じで、しかし手抜きはないゾ。
よくわからないまましょうゆうどんを頼んだら、写真のようなうどんが出てきた。驚いたー。これ、ゆでたうどんをどんぶりに入れただけ。だまされたと思いながら食べたのですが、しょうゆかけたら最高にうまい。やっぱり薬味で決まるのです。決め手はレモンですね。
http://www.sirakawa-udon.com/
手打免許 さぬき麺業:


とどめは高松空港。2店ほどありましたが、安い方へ。もう高いうどんを食べる理由が見つからなくなっている自分がいました。
釜揚げ。空港の食堂ですから上品。ここでは唯一、ビールも頼みました。
http://www.sanukiudon.co.jp/
札幌へ戻ってきて、女房どのに「決め手は薬味だ」と熱く語ったのですが、
無視されました。
小生にだまされてもよい、という方は、こうしてみてください。
大量のネギとショウガ、そしてレモンを1人1切れ用意する。
もしあれば生醤油、お好みで生卵を。
うどんは冷凍の讃岐うどんがベストでしょうが、なければスーパーで売っている生のうどんでOK。
ゆでて湯切りし、どんぶりに入れる。それだけ。
写真にもある白川うどんの食べ方です。
夏に食べるのがいいと思います。
ぜひお試しください。
2010年07月29日(18:48)
四国村

お城は殿様であり、支配者たち、今風にいえば官僚の空間ですから、興味ない方もいるでしょう。
ボクは子どものころから城好きですが、30歳を過ぎてからは民家も好きになりました。民家のおもしろさは、(自分的には)時間が止まったような変わらないことの価値にあるような気がしています。
しかしじっさいには、そこには庶民の生活があって、近代から現代で見違えるように生活は改善され、変わらないどころか民家の暮らしは完全に博物館行きになってしまいました。
それでもなお、生活の中の民家が見たいわけですが、今回訪れたのは博物館です。
「四国村」。
歴史好きの方なら、源平合戦の時に那須与一(なすのよいち)が扇を射抜いたというその合戦場が、高松市の屋島といういまは陸続きになっている場所。そこの山すそ傾斜を生かして四国や小豆島などの古民家などが移築されています。
札幌・野幌の開拓の村のような施設といえばわかりやすいと思います。
2010年07月27日(19:56)
10月15日(金)の同窓会に向けて
じつはつい先日、10月に開かれる高校の同窓会幹事を引き受けて、先週からわさわさと仕事をしております。
ボクの出身校は札幌光星高校(44期)といい、いまは共学になりましたが当時は男子校でした。
卒業して1浪してから東京の大学に行ったこともあり、高校とはその後特に縁もなく、娘も今年受験しましたが入学しなかったので、ここまでかと思っていたら、人生はわからないものです。
小生の担当は広告取り(やはりというべきか・・・)。
先週の火曜(7月20日)に「光星経済人会」の例会にビジター資格で出席し、30名近い先輩諸兄にごあいさつと広告依頼をしてまいりました。
ありがたいことに二つ返事のOKに加えて、アドバイスや当たっておくべきキーマン、大先輩への小生の紹介などなど。
「同窓はありがたいものだ」
と感謝しました。
24日の土曜は久しぶりの友人に会い、おでんをつつきながらいろいろ話をしました。
光星高校OBはぜひご連絡ください。
あ、誤解しないでね、連絡しても広告を強制される心配はありませんから(笑)。
y-shirai@iesu.co.jp @を半角に変えてください。

写真は「最初に井戸を掘った男」Iくんです。Iがいなければ自分は動きませんでした。
2010年07月27日(19:39)
人は石垣、人は城
この言葉は、戦国時代の武将・武田信玄の残したのだそうです。
ボクはお城がやお寺が好きなので、出張に行くとムリをしてでも見てきます。
写真は丸亀城の石垣。素晴らしい石垣です。当社も必ず立派な石垣を築きます。

城オタなので、興味のない方にはその魅力を説明しようもありませんが、
- 第1には美しさ・力強さといった部分。
- 第2にそういう建造物を造った人のわざと営みの部分。
- 第3には戦国時代から江戸時代初期という興味深い時代への興味。
といったところでしょうか。
四国・香川の丸亀城は、長野の国宝・松本城に匹敵する素晴らしい城郭だと思います。小山にめぐらした堀と石垣。華美を競うことなく実用性を高めただけなのに、美しい。
「扇のこう配」というそうです。上に行くと垂直に立ち上がる、まったくもって美しい石垣です。
四国や小豆島などの地域は、大阪城の石垣も提供したほどの石の産地で、石の文化が確実に歴史の中に刻まれているようです。
それでも400年もたつと石垣が崩れるらしく、丸亀城も高松城も石垣の修復を行っています。
気の遠くなるほどの、人の営みですね。

〈この写真は小山にどう石垣を組んだかがわかりやすいと思います〉
2010年07月09日(21:01)
讃岐うどん4杯



四国・高松でとりあえず昼夜、讃岐うどんを食べ続けております。
天ぷら3つつけて490円(もろ地元食堂)
平日限定450円(観光地価格)
天ぷら、メンチカツつけて大盛りで520円(商店街)
高そうな店でも520円
すばらしいです。徹底した低コスト経営。っていうか、うどんさえ出来たてなら天ぷらは冷めてても誰も文句言わない。そのことでサービスのレベルが下がるとか、グルメ雑誌でNG出されるとかもないのでしょう。
味もいいんですよ。麺ももちろんですが、おそらく札幌で飲むビールがうまいのと同じで、気候にあっているんでしょうね。どっさりのネギとショウガは必須。薬膳効能で元気になりそうな気がするから不思議です。
7月8日は30℃を超えましたが夕方は涼しかったし、今のところ恐れていた雨も暑さもなし。
最近は出張先にすぐほれてしまうのですが、
またまた気に入ってしまいました。高松よいとこ。
仕事はもちろん、讃岐うどんではありません。
有名工務店の社長インタビューと、全国で唯一といわれる商店街活性化の成功事例。
この話は追々。
明日のよる、わが北海道に帰ります。
2010年06月29日(21:01)
札幌、6月の花粉症
札幌も暑いですね。ちょっとカラダがついて行かなくて、疲れ気味かもしれません。
おまけにこの時期は何の花粉でしょうか、白い花が道路に落ちていますが、どうやらこれが小生には良くなく、7月上旬くらいまでが苦手な季節です。春先のシラカバは最近さほどでもないのですが・・・。
昨日は区役所に行った帰りにツ*ハで目薬。ちょうどなくなったのでいつものを買いました。目がかゆいのです。
ある程度は薬で押さえ込むことができるのですが、粘膜だけはどうしようもありません。目や鼻、ノドといった部位は、考えてみれば無防備です。
シックハウス症候群も同じです。
過敏だということは、環境変化に敏感であるとも言えます。
それにしても今の時期の花粉は、あまり研究されていないのでしょうか。イネ科も苦手ですが、一番の問題はあの白い花だと思います。ニセアカシヤ? 本当はイネに反応している?
2010年06月14日(17:53)
近所つきあい
またビールの話というわけではなく、ご近所のおつきあいのお話です。

戸建てを手に入れると、必然的に近所つきあいが必要になります。
自分はその道の達人でもないし、特に濃密にお付き合いしているわけでもありません。ただ、家を建てるときにはちょっと気にしていた方がいいように思います。
地域にはそれぞれ独特のご近所との距離感があり、それが合う・合わないはとても重要です。
合えば特に問題ないかもしれません。根っからその地域にフィットしているということですから、自分の感覚でいいでしょう。
でも、いまいち合わないときは家の建てかたにもちょっとだけ配慮した方がいいと思うのです。
近所とのコミュニケーションをさりげなく絶つ工夫や、室内に持ち込まない間取り。逆にコミュニケーションを促進する配置と出入り口。
ついでに申せば、近所から発信者(わかりやすく言えばお節介な人)がいなくなって、地域社会はぎくしゃくしている気がします。ボクらの世代がお節介な人を嫌った最初の世代なのでしょうが、時代の感覚として、これからは逆に大歓迎に変化していく予感がします。
世話を焼いてくれる方がいると、けっこう楽しい。重荷な部分と楽しい部分をはかりにかけたとき、楽しい・ありがたいほうが強くなってきている気がします。
昨日はおとなりが大宴会。中締めしたあとにビールが余ったそうで、声をかけてもらいました。するとボクら子育て世代が集まってくる。そこでコミュニケーションが生まれたりする。
発信者がいることは地域社会にとってとてもありがたいことだと思います。
Tさん、Yさんに感謝です。
2010年06月07日(19:10)
自宅-会社-澄川-自宅。札幌市内の大三角形をMTBで。
6月6日(日)
午前中に自宅を出発し会社へ。仕事を少々片付けて昼食を食べ、出発。天気もいいし自転車です。
- 13:50澄川へ向け出発。グーグルマップ上は目的地まで10kmとなっている。APECの会議でとにかく警官が多い。グランドホテル前は1車線封鎖。中島公園も警察車両が多い。
- 14:20中島公園ってこんなに広かったんだ。いつも北側から入って豊平館あたりで抜けてしまうが、幌平橋側までいい感じに公園が続いている。わがまちといえど、意外と知らないものです。
- 幌平橋の上から見た豊平川は雪融け水がまだすごい水量で、ゴウゴウと流れていた。
- まっすぐ走って平岸通りへ。ふと気がつくと右側に墓地。知らなかったなあ。澄川に墓地があるなんて。
- 14:41目的地であるコンビニに到着。50分もかかった。予想以上にかかったのは、おそらく信号が多いこと、そしてずっとゆるやかな上りということがあるかもしれない。何となく好天に誘われて、コンビニ駐車場で生着替え。ジャケットを着込む。
- 15:00ほぼ予定時刻にカナダの大臣ご一行が到着。総勢4台。うちSP車両が1台。木造ツーバイフォー工法でつくられたコンビニを視察し、最後にしっかりお買い物。ボクはキョロキョロしながら店内や外、SPの方々などを撮影。なーんかこういう取材ってのんびりして、仕事を忘れてただの好奇心でシャッターを押してしまう。
- 店員の女性に「準備たいへんだった?」と尋ねたら、「すこし」とか当たり障りない発言。これは発言統制がかかっているなと想像。
- 15:20ほぼ予定通りご一行が帰る。すぐに店員さんが物置からいろいろ店内に戻す。やっぱいろいろ準備したんじゃないのー。
- 15:35仕事を済ませて帰路へ。コーチャンフォーを横目に見ながら豊平川を渡り、藻岩下の道路を走る。ここらへんは自動車ではわからないが自転車ならハッキリわかるほどのこう配があり、円山方向に下っている。ゆえにとてもラク。
- あまりに楽ちんなので、ついつい途中で円山動物園への上り坂に入ってしまう。坂下グラウンドあたりまではよかったが、やはり最後の上りはきつかった。
- 円山の競技場を横に見て宮の森まで進み、そこからいつもの道でわが家へ。
- 16:15ころ帰宅。はやかった。




グーグルマップでルート案内をしてみると、札幌市内を西・北・南とつないだ大三角形になっておりました。およそ26kmの旅。
2010年06月07日(15:56)
断熱リフォームの完成見学会
来週の火曜日(2010年6月15日)、札幌市厚別区で断熱リフォームを行った家の完成見学会が開かれます。時間は11:00~12:00。
古材を移築してなつかしい古民家風を再現しているそうです。
興味のある方はこちらへ。当日は白井も行っております。
http://www.hsc.or.jp/rifoumu/
より大きな地図で 北海道札幌市厚別区もみじ台東2丁目3−18 を表示
2010年06月05日(18:03)
2010年から2013年までの3年間
わが国の総理大臣が交代しました。
大切なのはこれからですね。ここまでの8ヵ月は日本の政治基盤が変わるための混沌の時期でした。この先も混沌とするなら次の総選挙で民主党が勝つことはないでしょうし、混沌から回復への展望が開けるなら、次も民主党が第一党になるのではないでしょうか。
いずれにしても、日本の低迷は、じつはプラザ合意(1985年)以前、すなわち1980年ころからすでに始まっていて、バブル経済というのはあだ花だったということが最近言われています。だとしたら、日本が本格的に回復するためには山あり谷ありで30年という年月を要するかもしれません。
いずれにしても、菅総理には改めて民主党の政策実現をお願いしたいと思います。そのために僕たち国民は去年、あなたたちを選んだのですから。
余談ですが、小沢一郎さん、鈴木宗男さん、その他の逮捕者・辞職予定者。1人1人に問題があるにせよ、東北・北海道が日本(アメリカかも)のエスタブリッシュメントから徹底的に疎まれていることを感じずにはいられません。ただし、ボクは親小沢ではないし、宗男支持者でもないですよ。もしかしたらひがみかもしれません。でもね、きっとボクのアンテナは完全にハズレではないと思いますよ。
2010年05月12日(13:09)
寒い中でも5月ですから・・・
ゴールデンウィークの5連休だけは暖かかったのですが、またまた寒いですね。いまの札幌の気温は9℃。冷たい雨が降っており、ほとんどの家で朝晩だけでも暖房を使っていると思います。わが家は蓄熱暖房器を1台だけ使っています。小生の部屋はコンクリートに囲まれているので、こういう寒い日が続くとヒヤッとする寒さになります。
札幌は5月といえども暖房をはなせない。この季節感は普通ですね。
ロードスターの写真をもらいました。
小生が以前、ロードスターに乗っていたことを知っていて、5月9日に支笏湖の湖畔で行われた集会の写真を送ってくれたのです。ここはおそらくポロピナイですね。

小生は初代のマツダ(当時はユーノス)ロードスターのシルバーに3年乗っていました。
もう15年以上も昔の話です。
とてもなつかしく、うれしくなりました。
写真のような未舗装道路を走ると、すぐにお尻を振り、雪上を滑るようにドリフトします。まあそういう走り方をするためにあるわけではなく、これからのシーズンを楽しむためのオープンカーなのですが・・・。
9日の日曜日も寒かったですよね。まして支笏湖ですから、相当冷えたはずです。それでも待ちきれずに30分くらいはオープンで走ったそうです。
子育てが終わったら、また乗ろうと思っています。
家の前にロードスターがある風景ってボクはとても好きです。
車庫に入っているより、家の前に斜めに置かれたような。
2010年05月11日(12:54)
札幌の桜、いよいよ満開。

今朝、通勤時に新川の桜並木を通りました。ほぼ満開。少しだけポカポカした陽気だったので、桜もきれいに咲いています。ケータイの写メなのですがけっこういい写りだったりして・・・。
昔はゴールデンウィークが開けてから桜が咲くというのが札幌の季節感だったはずなのに、このところの早咲きで、何となく時機を逸した気分になっていますが、それはとても近視眼的な人間のわがままかもしれません。自然の営みはもっと大きくゆっくり動いています。
今日夜の札幌は曇り、そして明日は雨の予報。意外やこういう日が花見に向いているかもしれません。円山に夜桜を見に行こうかな・・・。
2010年05月04日(08:01)
世代交代の予感
ゴールデンウィーク後半ですが、わが家的にはこんな話題。
ご近所のMさんがせわしなくしていると思っていたら、引っ越しのトラックがきて、カーテンも外れ、そのうち若者夫婦が不動産屋さんと思われる人とともに訪れるようになりました。
どうやら家を売りに出したようです。
わが家のある住宅地はどうやらうまく「世代交代」が進んでいるようです。
アパートが建ちにくい地域なので、基本的に戸建てがほとんど。そして年をとったり、何らかの事情で家を離れると、新しい人が土地や建物を買って移り住んできます。自分もその一人です。
新興住宅地でもないのに、今年中学1年になった娘は同級生が徒歩2分圏内に4-5人います。
「住宅地は世代交代する」と表現したのは不動産屋さんのSさんでした。その地に住み続ける人もいますが、移り住むのもステキな生き方だと思います。
家を買うとき、最低限、知っておくべきなのはその地域がアパートやマンションが建ちやすい地域かどうかということです。
建ぺい率、容積率という言葉があり、それぞれ%で表されます。
容積率だけ簡単に説明すると、その土地にどれだけの広さの建物を建てられるかという規制です。土地50坪、容積率100%なら、建物は50坪までという意味です。
わが家は40%、80%(上の例で40坪まで)です。60%、160%や、60%、200%(100坪まで)になるとアパートやマンションが建ちやすくなります。それは見方を変えれば土地の利用価値が高いということですから、地価が上がります。
どういう土地を選ぶかは、すなわちどういう環境に住みたいかによって決まります。
特に建築を得意とする専門家が、こういうことについてもしっかりお客さまに説明してくれるといいですね。そうすると、建物も土地もいい本当にステキな暮らしができると思います。
さて、Mさんの家にはどんな新しい住人が移り住むのかな。長いおつきあいになるので、最初が肝心ですね。
(このテキストは一部変更して札幌良い住宅jpにも掲載します。)
2010年04月06日(18:36)
キリスト教的価値観とは異なる価値
今朝、タイガーウッズのざんげ記者会見を翻訳されたニュースで聞いた。
ボクはゴルフをやらないし、興味もほとんどない。興味があるのはざんげの仕方がやや不自然であるという点だ。
最近ときどき思うのだが、ボクは古い言い方だが東洋と西洋の価値観の違いと見ている。
アメリカという国は、100%キリスト教的価値観が支配している国だと思う。キリスト教では、悪いことをするとざんげをしなければならない。
Forgive me.
30年も前に見た映画の台詞だ。
日本語に訳すと「わたしを許せ」となる。
さもなくば罰を。
タイガーウッズは「わたしは間違いを犯した」「楽しくなかった」
などと語り、ざんげするのである。
こういう言葉は、日本人にはとても違和感がある。
日本人は「このたびはたいへん申し訳ございませんでした。世間を騒がせました」的に謝罪する。
これを英訳すると
I am sorry.
となるはずだ。
これは文化、その背景にある宗教観の違いだと思う。
どちらが正しいとかダメとかいう話ではない。
ではなぜタイガーウッズか。というと、そのざんげが板についていない感じがするからである。彼は確か東南アジアの出身?
異文化です。おそらくイスラムとヒンズーと仏教の世界だと思います。もちろんキリスト教もあるでしょうが、すべてを支配している価値観ではない。
そしてもう1人はバラク・オバマ。
来日した際に天皇に頭を下げたのは、キリスト教から見た異文化を知っているからこその行為だったと思う。
また、しばしばアメリカ大統領がやる国民に手を振る行為も、いまだにぎこちない。
いいとか悪いとかではなく、彼はキリスト教的価値観に貫かれた人ではないな、と感じる。
2010年03月21日(07:49)
3/26 断熱リフォームのセミナー
今週の金曜日、
26日に札幌で断熱リフォームを推進するセミナーを開催します。
既存住宅の性能改善は、いろいろな意味で重要です。しかし消費者は家にあまり金をかけたくないと思っているし、性能改善が可能であることを知らない。また業者側も、水回り交換や外壁改修などの仕事があるなら、面倒な断熱改修などやりたくない。
昨年まではそんな状況だったと思います。
しかし、今年に入って少しだけ状況が変わっています。国がエコポイントというかたちで既存住宅の性能改善に補助を始めたからです。業界側も、リフォーム仕事の減少のなかで、新しい分野の開拓に迫られています。
主催は環境省の登録団体である「北海道住宅高性能リフォーム普及推進協議会(長くてごめんなさい)」という団体で、当社が昨年12月から事務局を引き受けました。
この団体では、リフォーム事業者向けに技術支援(現場指導含む)と消費者向けセミナーを主催します。
4月には手稲区民センターで市民セミナーも開催します。
3月26日(今週)のセミナーは定員に達していますが、まだ席に余裕があるので、申込書をダウンロードしてください(こちら)。
当日はリフォームビジネスの取り組み事例と技術の概要について、会のアドバイザーと幹事が講演します。
会のホームページ:http://www.hsc.or.jp/rifoumu/
2010年02月12日(14:57)
ばんけいスキー場を褒めるとき??
2月11日(祝日) 札幌ばんけいスキー場はレッスン半額デー。たくさんのレッスン生が集まっておりました。
オーナーが変更し、今シーズンを前にした昨年11月から12月にかけて、スキー場はいくつかの設備投資をしました。
そのひとつが写真右に写る新築のハウス。プレハブですが新築はやはりいい。ここに休息所とスキー学校の受付、2階はコーチたちの部屋になっています。
息子と2人、やや遅めにつき、ブーツを履いていると「しらいさん」と声をかけていただいたのはkikuchiさん。
ときどきコメントをカキコしてくださってます。
この日は娘さんのスクール帯同だそう。この写メに写っていますかー。写っているはずですよー。
何せ同年代なもので、同じ場所にいるだけで共感してしまいます。声をかけてくださって、とてもうれしかったです。
ばんけいスキー場は経営が変わり、小さなことも変化があります。例えばウエストハウスには、あるマンションの小さな販売ポスターが登場しました。
スクールに通う子供たちを待つ両親・祖父母のために、お昼ご飯の出前サービスもスタート。
そういうのって、がんばってるなあと思うのです。
当社もがんばってますよお。
「うちの新聞を取らなくても、住宅会社はつぶれないよね。それって、なくてもいいってことだよね」(by編集長)
そういうところからスタートするゾ、というのが新春の決意。
ほんとうに「求められる」というのは、お金を出して買っていただける方がどれだけいるかです。いうまでもありませんが。
それをついつい「いい新聞だよね」みたいな言葉でいい気分になってしまうのです。
「いい新聞だよねは褒められたワケじゃないゾ」これも新春の決意。
北海道住宅新聞を褒めるとき、今年は「えげつないね」って言ってください(笑)。
2010年02月03日(12:58)
雪まつり会場をうろつく
仕事をサボってうろついたわけではありません。たまたま、昨日は大通に縁がありました。
お昼過ぎに地下鉄大通駅で下車し、最後の追い込みに入っている雪像づくりを遠巻きに見ながら7丁目まで歩く。帰りは再び7丁目からこんどは反対の南側を歩く。寒い日で、市内の温度計がマイナス5℃を表示していたそう。ほんとうは1丁目まで歩こうと思ったのですが、寒くて地下にもぐってしまいました。
日が暮れてからは大通18丁目まで地下鉄で移動し、22丁目まで歩く。帰りも同じ動線で地下鉄に乗り、再び大通へ。夜の雪像をチラ見しながらビルの地下に消えましたとさ。
行ったり来たりでいろいろあったのですが、印象に残ったこと第1は、とけまるくん改め「ゆうらく」の説明会に予想を上回る人が集まったこと。燃費ゼロというにわかに信じがたいロードヒーティングですが、関心は高いと改めて感じました。
もう一つは、インターネット通販に取り組む札幌の「共栄水産」という会社の山室さんのお話。インターネット通販は「寝たら負け」、「クレームから逃げたらリスクはされに大きくなる」、「メールに即レス」「サイトデザインはかっこいいだけじゃダメ。そのさじ加減が微妙に難しい」。(表現等、完全再現ではありません)
しびれましたなあ。本気でやっている人は、迫力が違う。
なお、雪まつりは5日(金曜)開幕です。
2010年01月25日(18:34)
会津藩、斗南へ
八戸に出張した折、「会津藩、斗南へ」という1冊の本を購入し、昨日読み終えた。本のタイトルからして、多くの方には意味がわからないと思う。
現在の福島県会津若松市にあった旧会津藩は、戊辰戦争の時に賊軍となり、白虎隊の悲劇などの末に敗北・開城となる。教科書的な歴史では、このあと、官軍と旧幕府軍は戦いの舞台を北海道に移し、函館戦争の終結によって幕府軍勢力は完全に敗れ去る。
この本のテーマは、敗れ去った会津藩のその後を追ったものである。斗南(となみ)とは、実は会津藩のその後なのだ。
江戸時代は、幕府の気に入らないことをしでかすと、お取りつぶしや国替えが待っていた。お取りつぶしは「改易(かいえき)」、国替えは「転封(てんぷう)」とも言う。会津藩の処分は幕府のしきたりに則り、転封となる。その先が斗南だったのだ。
斗南とは、青森県の下北半島から八戸あたり。すなわち旧南部藩から切り取った土地に移したわけだ。
藩士のかなりの数が斗南へ移住する。そして新たな苦難が始まる。
おそらく斗南と呼ばれた地域の方か、会津藩にゆかりの方、歴史好きしか買わない本でしょう。小生はそのうちどこに該当するかというと、会津藩ゆかりのものなのです。
自分の3代前は会津から逃げてきたと言われている。しかし、詳しいことは何一つわからない。ただ、戊辰戦争に敗れ、北海道に逃げた男のひとりだった。
道南・江差に住み着き、地域のために働いたらしいが早死にする。その末っ子だった祖父は、長兄に育てられる。大きくなって職を転々とするが教職を得て、道内の僻地を回ることになる。父は祖父の赴任地のひとつで生まれる。そこが十勝だった。自分は札幌生まれ。ほぼ北海道を一周したことになる。
ルーツを同じくする人たちの生き様を知りたいと思った。先人たちはこの地域に多くの足跡を残してきていることを知った。北海道に逃げるも地獄、斗南に移住するも地獄。そういう時代があり、今の我々がいる。そういう思いを新たにした。
深い歴史の部分をとてもおおざっぱに書いたが、教科書的な歴史では光の当たらない部分にも重い歴史があることをかみしめている。特に東北諸藩は維新前夜に賊軍になった藩が多く、歴史の表舞台から消されてしまった。そのことは正面から受け止めつつ、われわれ子孫は未来を見つめて生きていこうと思った。
書籍の概要
大勢の人が激しい気迫ではい上がり、地域の発展に貢献した。青森県下北、上北、三八地方に「会津衆」という言葉が残っている。そこには尊敬の念が込められていた。「我々はむざむざ敗れ去ったわけではない」青森の会津人は、そういって胸を張った。斗南藩は見事に歴史的使命を果たしたのである。さいはての地に復活した"会津魂"。秘められた藩士たちの苦闘の歴史を描き切る。
出版社へ
2010年01月16日(16:27)
お弁当の中身はこれ

函館駅で買ったお弁当の中身。右に大きなおにぎり2つ、左下にイカめし1つ、その上に揚げいもとザンギ(唐揚げ)など。
お値段は500円です。手づくりの装丁がホノボノしていて、けっこう気に入りました。
すでに電車が走り出していて、手ぶれしてしまいました。
2010年01月15日(18:16)
青森出張の旅




1月13,14日と青森県・八戸に行っておりました。八戸は北海道と本州をつなぐフェリーの発着港です。太平洋側なので雪は少ないのですが、12日の夜から降り出した雪が13日午前中まで降り続き、市内でも30cmほど積もっていました。街中が雪かき・車はノロノロという状態で、JRも駅の構内で事故があり、札幌から乗り継ぎで向かった小生も、到着が遅れてご心配をおかけしました。
青森県建築士会・三八支部の皆さんに北海道の省エネ住宅についてご紹介してまいりました。三八支部とは八戸市と三戸郡地域という意味だそうです。ちなみに「三八五タクシー」という名前のタクシーが走っています。これは「みやご」と読みます。
聞きに来てくれた方々は、半分が設計事務所、残り半分が商社・メーカー系販社、その他といったところだったようです。
コストダウン要請の厳しい中、北海道ではどんな住宅づくりが行われているかを、思い切りかけ足で話しました。
14日の帰りは青森から飛行機。青森空港は離陸も着陸もスリリングです。というのも、この空港が高台にあり、着陸時は山をよけながら飛び続け突如現れた天空の滑走路に降り立つ(ように見える)、離陸は飛び立ってすぐ足元がとつぜん遠のくからではないかと思います。
〈実は家を出たときにJRのチケットを忘れてしまいました。発車30分前に気がついて女房に札幌駅まで持ってきたもらったのが写真です。
函館では少し早い昼食をキオスクで購入し、津軽海峡線の白鳥車内で食べました。おにぎりもあげイモもおいしかったですよ。ただ、おにぎりのゆるくて、こぼしてしまいました。
八戸駅を降りると、こんな雪。たいへんなことになっていました。〉
2010年01月04日(09:12)
少しスキーの話を
2010年元旦の初日の出スキーは中止になりましたが、リフトの営業は通常通り行うようでしたので、子供2人をつれて丸一年ぶりに手稲(TEINE)に出かけました。11時過ぎという遅い出発です。
午前中は良かったらしいのですが、僕たちが滑り始めた時間は未明の強風が戻ってきたようです。
TEINEというと、1972年の札幌オリンピックで使用したコースがあります。もう40年近くも昔の話になりましたね。男女の回転と女子の大回転、そして今は滑ることができない男子大回転コース。
ところが名物コースはこれらではありません。それは「北壁(きたかべ)」という林間コース。
「北カベ滑ってきたさ」というのは、札幌ではちょっと意味のある言葉です。表現するのは難しいのですが、コースに入る前に看板「超上級者限定」があるのは当然として、はじめてTEINEのクワッドリフトに乗った方に「で北カベコースってどこなの?」と聞かれ、リフト脇の林の中をストックで指し示す。よく見ると林の中に人がいる。斜度は36度だか38度だかだそうです。
当然、圧雪車が入るはずもないので、雪が降れば深雪、そしてコブ。目の前には立木。
コブや深雪の中でちゃんとターンできればいいのですが、曲がり損ねたり、暴走したりしたら少々危険です。転ぶだけなら意外と安全。

何十年かぶりに北カベに行くかも、と思ったので、初ヘルメット着用。これだけでずいぶん安心感があります。
カービングスキーに変わって、急斜面がずいぶん滑りやすくなったのですが、滑り出しは緊張感から体が硬くなりました。いわゆるへっぴり腰。
滑り出しはやや広く開けており、おそらくすぐに最大斜度を迎える部分、そしてそのまま林の中に入ります。写真はコース途中。本当に木の間に入っていく部分です。見上げれば威圧感のある白い壁、見下ろせば足もとが見えない森・・・。
写真の地吹雪がウソのように林の中は静かでした。コブも何とか滑り続けられるレベル。無事に林を抜け出しました。

スキーをやめてしまった皆さん、今年はスキーに行ってみませんか。リフト代も安くなっているし、用具一式レンタルとリフト券のパックというメニューもあります。カービングスキーは昔のスキーと違って斜面を登るほど切れ上がる力があります。これが安心感とターンの切り替えのタイミングを作ってくれます。
2009年12月25日(10:02)
すべて「もらいもの」の「うまいもの」

栗山町の栗まんじゅう。「美津和商会」でweb検索すると、意外やしっかり出てくる。B級の実力者ですね。
これがなかなかにおいしかった。そしてあっという間に1箱が消える。
きびだんご。これもかなり実力あるB級と申せましょう。子どものころから好きだったなあ。叔父はこのきびだんごを持って渓流釣りに出かけていた。その叔父も今は闘病中なのだが・・・。
栗山町には、「北の錦」という地酒もある。北海道一の呼び声も高い。小生は贈りものにも使う銘柄。
そしてラストが長澤農場の北海道米「おぼろづき」。この新米もおいしかった。炊きたてがキラキラしていて、それがウイウイしくて、ほおばる前になぜか恥ずかしくなった。この心のざわめきは一体何なのだろうか。
食べるたびにその感動がよみがえる、不思議なチカラのあるお米だった。
http://www.farm-nagasawa.com/
実は長澤さんのご一家が、ある方の紹介でわが家を訪ねて来てくださったのです。この11月、山形から帰った翌日のことでした。
北海道・栗山町。うまいものが多い。
2009年12月03日(20:01)
エピルカのメンバーの月例会にはじめて顔を出してきました。

エピルカとは、北海道、札幌に暮らす、女、妻、母であるメンバーが、豊かな暮らしをワイワイ考え・相談し・つくっているユニットです。
今日は1人欠席で4名。全員がつくることに楽しみを発見するタイプでした。
そんな彼女たちの楽しい生活はおいおい紹介するとして、
http://www.iesu.co.jp/ghs/epirka/
小生はコミュニケートするということの楽しさを少々感じて帰ってまいりました。立場上皆さんは初対面の小生に気を使っていらっしゃる。それをどこかで打ち破らなければなりません。単にあいさつに行ったわけではないからです。小生が飛び込むかメンバーが気遣いをなくすか。
記事としてどんな素材をどう表現するかの話になると、だんだん全員が自分と向き合う作業になっていきました。
数々の失礼な発言をしてきた小生が、それで楽しかったもないものですが、エピルカの考える北海道・札幌での暮らし・生き方は、もう一度見直されるべきだと思っています。それは、言ってみればバブル経済の前の日本、豊かさを享受しつつも何でも買って済ますのではない、ややゆっくりした生活。昔を懐かしむという意味ではなく、ライフスタイルとして。

ハンドメイドのケーキもごちそうになりました。これがおいしかった。シナモンと??の香料が効いて、だいだいのピールとレーズンの相性も良く・・・。
2009年11月30日(18:25)
はっこいラーメンふたたび・・・
山形・鶴岡で食べたはっこいラーメンの画像が出てきた。写メ用のフォルダに入っていたのだ。そういえば女房に写メしてからいただいたっけ。
見た目は美しくはないけれど、お味は保証します。
食べ物ネタをもう一つ。和食レストラン・とんでんのランチ。食べたのは11月13日。長崎・ハーブ鯖といい、ハーブを配合した飼料で育ち、四季を通じて生で食べられるそう。
鯖は生で楽しむ魚かどうかは別にして、おいしそうだがら頼んでみた小生のお昼は、それなりに満たされました。
2009年11月28日(22:02)
鶴岡駅に戻ってきました。
このエントリーは、11月7日、鶴岡駅の待合室で書いたものですが、モデムがつながらずアップできませんでした。それから3週間。いまケーブルテレビでは「清左衛門残日録(小説名:三屋清左衛門残日録)」が放映されています。
が、その前にお寺を2刹みてきました。
1カ所は龍覚寺といい、小説「蝉しぐれ」の舞台で、主人公・牧文四郎が父親と突然のそして最期の別れをするために出かける寺です。
主人公は養子なので血のつながりのない養父なのですが、心から実の父のように慕っていました。その父が罪人として処罰されるのです。
自分はかなり大きなお寺を想像していました。小説の中では罪人はかなりの数に上り、その最期の面会の寺ですから、畳敷きの間がいくつかあって・・・。
しかし実際は大きな寺ではありませんでした。
もう一つ、般若寺は、用心棒日月抄の最終連載となる「凶刃」で、実名で出てくる寺です。この寺で、海坂藩の忍者組織・陰足組の頭領が全員に組の解散を言い渡すのです。
想像では、秘事を伝えるための寺なので、荒れ寺か小さなお堂程度を予想していたのですが、実際は墓地も持った大きな寺でした。
つまり、ぼくの予想はこの2カ所に限っては真逆だったのです。
それ以外は小説を読んで頭に思い描いていたとおりのたたずまいが、それ自体とても不思議なことですが、実際に存在していました。これは藤沢周平という作家の情景描写の秀逸さによると思います。もう一つ付け加えるなら、鶴岡というまちが、昔の空気をよく残したしっとりしたまちとして、2009年まで続いてきたということだと思います。
小説の舞台をめぐる旅は終わりました。
2009年11月14日(17:47)
庄内もかなりうまい
西洋人は味音痴、といういい方は正しくないです。
絞り込むと、イギリス、ドイツ、アメリカ、そしてアングロサクソンということになるようです。
概して食にこだわりのない人たち。だからこそ世界征服ができた、という説もありますね。どこへ行っても食に困らない。そう、食とはエネルギーを補給するための作業だからです。
ほんとうかな・・・。

さて、野菜をたくさん食べることで味感覚が発達したわたしたちは、やはりおいしいものが好き。

新潟以上に、「いも煮」は期待していませんでした。
東北地方はだいたいどこでも秋の郷土料理で里芋の煮物やなべが出てきます。それは昔を想像しながら食すにはとてもおもむきある味なのですが、味そのものは・・・。
庄内地方の「いも煮」はハッキリうまいです。6日の昼食メニューは新米のおにぎりにいも煮、漬け物、そして庄内柿。
これだけ素朴でおいしい食事を、小生はここしばらく取ったことがなかった。
想像してください、新米に黒ごまをまぶしたおにぎりをほおばりながら、豚肉でだしが出ているいも煮の汁をすする。はし休めはこれまた辛すぎないほどよい塩加減の漬け物。

B級グルメもかなりいけてます。
ラーメン兼ソバ屋という札幌では信じられない組み合わせの店・おばこ食堂で食べたのは「はっこいラーメン」。いやこれがなかなかおいしゅうございました。
オーダーのときにうまく発音できなかったのですが、どうやら「ひゃっこい、しゃっこい」、すなわち冷たいという意味がさらになまったようです。

冷やしラーメンですが、札幌のそれとは全く違います。和風だし、細い麺にからむたれ、けっこうなボリューム。
これだけ満足させる冷やしラーメンを出す店はそうないと思います。おばこ食堂・大当たり。
で、肝心のラーメンですが、どうやら間違って画像ファイルを削除したらしく、店内写真で勘弁してください。なお添え物として大根の煮付けが出てきたところがまた良かったなあ。
ただ、おいしいものがある地域は、北海道を筆頭にどうも経済的にはパッとしない。そこに因果関係があるという仮説を小生は立てています。
食べ物がうまい、食うに困らない、真剣に働かない-という関係。
「あると思います」
2009年11月14日(17:07)
ちょっと感動した新潟グルメ
数日前の北海道新聞に、西洋人には味音痴が多く、それは苦み成分を感知するセンサーがかけているからだ。ということが書かれていました。
自分も100%同意です。
「こんな"にがい"バナナは猿でも食わないぞ」とアメリカの飛行機の機内食に文句をつけたら、となりに座っていた友人が「おまえ、英語に"にがい"っていう意味の単語がないの知ってるか。か ん じ な い ん だ よ」といわれたことを思い出します。彼は10年ほどアメリカに住んでいた男です。
イギリス留学の経験があるかたも、アメリカの飛行機の機内食サービスが始まると「彼らは犬を家族の一員と思っているが、確かにその通り。食事も同じだ」とブラックジョークを飛ばしていました。「ほーら、ドッグフードのお出ましだ」と言って機内食を受け取っていました。

お米とそばがおいしいのは世界中で新潟だけではないでしょうか。
自分が知っている限り、秋田、山形、新潟という日本海側地域は、とても食べ物がおいしい。中でも新潟はビジネスホテルに泊まってもお米がおいしいので感動ものなのですが、そばもうまいとは知りませんでした。
そばはやせ地、お米は黄金の稲穂。できる場所が違うのですが、新潟は隣接しているようです。

新潟市内の日本料理店・おおしま。そばと寿司のランチなのですが、これ本当にうまい。寿司もいけますし、そばはヌルヌルとした独特の食感。そして名物の「のっぺ」です。汁物ではなく煮物で、冷めた状態でいただくようです。この煮物はおいしいですよ。だいたい名物にうまいものなし、なのですが。この裏切り度はけっこういけてます。

キレイに並べられたそばは「へぎそば」というそうです。へぎとは木の器を意味する言葉で、訛りから来ているようです。空港にある須坂屋というそば屋さんです。

最後におなじみの笹団子。食べかけで恐縮です。この笹団子はいままで食べた中で一番おいしい。生を買ってきたのが良かったようです。

空港では小池徹平くんが紹介したという「うす揚げせんべい・柚子こしょう味」も買いました。ちょっとしょっぱかった。自分的にはいまいち。
2009年11月11日(18:10)
鶴岡で見つけたボクの気に入った風景を集めました。
ボクは"江戸時代末期の朽ちかけた旅籠"というイメージが好きで、しかしこのイメージを誰とも共有できずにいるのですが、気がつけば鶴岡は自分のイメージの元であるかもしれません。というのも、やはり小説の舞台がここ鶴岡だからでしょう。
今回は普通の家と商店を集めました。

土壁が崩れた蔵が旗竿敷地の奥に住宅部分とともに建っています。この蔵はかなり古いのではないかと思います。失礼ながら、朽ち具合がとてもステキです。

かなりの豪邸に分類できると思いますが、屋根と庇の重なり具合がとても落ちついていて、色合いも抑えた仕上がりが、自分的にはギリギリ許せるかっこよさです。これ以上かっこよくなるとボクはもうダメ。

荒物を扱う商店ですが、店内はややおみやげもの屋さんチックな小物も多かった。商家ならこのくらいごついといいですね。ただ北向きなので冬は店の前が雪と氷でツライかな。

カメラ店とそれに隣接する蔵。いずれも年月を経た重みを感じさせます。

近代的病院を背景にかなり朽ちている感がある(失礼)民家。大屋根は瓦が乗っていますが、下屋は錆びたトタン。それにしてもステキな屋根の構え、そして黒板塀の高さも絶妙です。

一部しっくいがはがれた蔵。ツタが絡んでいますが、なんとも素朴なたたずまい。ところで入口がわかりませんでした。

夜のろうそく店。「ろうそく店」という商店自体が珍しくて写真を撮ったのですが、鶴岡は絵ろうそくと呼ばれる和ろうそくが有名だそう。おみやも買ってまいりました。富樫ろうそく店というかなり有名なお店です。

夜の内川。静かで、ほどよい暗がりで、心が満たされました。
2009年11月07日(12:19)
暖かな鶴岡の11月
鶴岡・内川の河畔です。ぽかぽかと暖かく、ぶらり歩きには最高の日和でした。
藤沢周平の小説・そのロケーションと登場人物を追って海坂藩(鶴岡市)を歩いてみたのですが、ここは新しいまち・建物と古いまち・建物が渾然として街並みをつくっています。こういうまちはごく珍しいのではないでしょうか。
明治維新(戊辰戦争)では賊軍になるのですが、無血開城。太平洋戦争でもあまり戦火にやられなかったようです。お城は明治維新後に解体され跡形もないのですが、五間川(内川)をはさんでお城側も外側も、商家や特に倉がよく残っています。
道路も比較的再開発されておらず、細い路地や旗竿などで屋根が重なる独特の街並みをつくっています。
いうまでもなく、北海道・札幌にはこういった和風の歴史がありません。しかし、開拓史が置かれてからすでに140年近くがたっています。記念館的な建物はあっても、そういった1世紀以上の歴史の積み重ねを感じさせる街並みは、実はどこにもありません。これから徐々に作り上げていくとして、それはいったいどのようなまちになるでしょうか。
そんなことが頭をよぎりました。
それにしても穏やかな1日です。
2009年11月07日(06:18)
朝の5時から再予約
朝5時に目が覚め、航空券の予約を流してしまったことを思い出し、慌ててパソコンを開きました。
11月16日の千歳発羽田便は、エア・ドゥは満席、そこでJALを押さえておいたのですが、6日(金曜)じゅうに購入しなければなりませんでした。

抽選会で当たったおいしい酒を飲み、五間川のほとりを少し歩いたあと、小料理屋「涌井」でおかみにおいしい料理を作ってもらいました(この意味がわかる方は日本で200万から300万人いるそうです)。そのあとは部屋に戻って寝てしまいました。
JALに午前の便の空席を1つだけ見つけ、何とか確保しました。危ない危ない・・・。宿泊は前回も泊まった浜離宮に向かい合う竹芝桟橋近くのホテルです。
翌日の帰りの便は楽勝です。
2009年11月06日(19:05)
いま、山形県の日本海側・鶴岡市にいます。

昨日はPCモデムが圏外というネットに接続できない環境だったので、写真は昨日。
昨年に続き健康住宅サミットに参加。この会は皆さんフランクで、しかも真剣です。写真は夜の懇親会。
小生は千歳から新潟空港に飛び、ある会社にご挨拶にお邪魔するつもりが迎えにきていただき、食事をしながらいろいろな情報交換をさせていただきました。
その後、JRで鶴岡へ。約2時間の旅です。
鶴岡駅から会場までは交通機関がなく、タクシー。
そして懇親会と相成りました。
今日は午後から昨年も行った専門誌記者による「住宅の最新動向」。出席会社は去年と同じなのですが、参加者は1名変更。新建ハウジング編集長の三浦さん、新たに代表取締役に就任した日本住宅新聞の茂泉さん、そして自分です。司会は宮城・仙台近郊で大いに存在感ある佐七建設・佐々木さん。
いろいろな話がありましたが、まず司会の佐々木さんは力強い仕事をしておられる。自然素材にこだわって、それをわかりやすく消費者に伝える、という難しい仕事をしっかりやっておられるそう。足腰の強い工務店にますます成長していかれることと確信いたしました。
三浦氏は、相変わらず非常にいい分析・整理そして信念。若きライバルには大いに勉強させられます。
茂泉氏は工務店の応援という立場から、全力で取り組んでおられる。そのことがお話の中からもうかがえました。
小生に与えられたテーマは、断熱住宅先進地・不況の最先進地である北海道の経験をお話しすることでした。
ほかの産業では市場が縮小すると大手による市場の独占が起きていますが、戸建ての住宅業界ではそれが起きていない、すなわち大手の優位性はないということと、大手にできない工務店の仕事は、ブームとか、トレンドだけに流されがちな消費者に、セカンドオピニオンを提供すること、たとえば子育て住宅はもちろん尊重するけれど、住宅は子育てのためだけで造っていいの?、家族構成などを考えたとき、本当に新築していいの? そういうことをアドバイスすることこそが大手にできない工務店の仕事ではないでしょうかと申し上げました。
ほかにもいろいろありますが、そろそろまちの散策に出かけます。
2009年10月17日(10:04)
不便にも価値がある、という発想
国土交通副大臣である辻元清美氏のホームページをひょんなきっかけで見てみたら、10月14日のブログに
就任記者会見「交通基本法の次期通常国会提出をめざす」
というエントリーがありました。なぜいまころ就任会見?と思って読んでみると、おもしろいことが書かれていました。
以下引用です。
〈前段省略〉・・・「内需のエンジン」と位置づける観光についても「不便の価値を大事にする国交省」を提案。それぞれの地域のよさを海外に発信していき、そこに地方空港を活用していきたい。そして、ターゲットをしぼる。私が考えているのはアジア、とくに中国だ。現在は観光ビザの規制問題などがあり、一省だけで対応できることではないので、観光庁を中心に各省で連携して仕組みをつくっていきたい。〈続き省略〉
原文はこちら>>
(究極の不便:棚田。1度は荒れた棚田の価値を見直し、現在はボランティア的に維持され、見学も多いという。at長野県飯田市)
ボクは「不便の価値を大事にする国交省」に注目しました。
北海道内の札幌以外の地域はもちろん、札幌だって首都圏から見れば地方であり不便な地域です。
それを便利な地域にかえてほしい、というのは地方に暮らすものにとって国への大きな期待です。交通網、通信インフラ、その他すべての面において「不便を便利に」というのが地方の要求です。
しかし、どんなに頑張っても東京近郊並みに便利になることなどあり得ないことも、本当はわかっています。
国は財政が厳しく、道路整備のお金が出てきません。この1ヵ年は補正予算でずいぶんにぎわいましたが、それも一瞬だということはわかっているのです。
加えてJALの経営問題。東京と地方を結ぶ航空路線を守ることは、正直かなり難しいでしょう。
これからは「不便なままの状態」でガマンしなければならないのです。
さあ、どうする北海道!?
やはり不便に価値を見いだすしかないのです。
北のはずれ、北海道には長い時間をかけて訪問する「価値」がある。
そういう提案方式への考え方の転換です。
国土交通省が不便をどう大事にしてくれるのかわかりませんが、そんなことより少しでも早く、自力で「不便の価値」を高めることに北海道および道民は全力を投じるべきです。おんぶにだっこではなく。
ANA系が札幌・丘珠空港から撤退すると表明して、札幌市などが引き留めをしていましたが、昨日の道新によると引き留めはムリという結論になったようです。
この問題でも、札幌市は丘珠を使ってくれという立場ですが、札幌と路線を持っている函館や稚内など5地域は千歳空港への移転に賛成です。
誰かの便利は誰かの不都合であり、両方の便利と利益を満足させることは現在、なかなか難しいのではないでしょうか。
(寒いフロにも価値がある。なぜならヒノキ風呂だから。)
「不便の価値」をうんと高める必要があるのは、観光や移住という集客型産業に限らないと思います。よくよく見直せば、ふだんのわたしたちの暮らしも「便利さ」のためにエネルギーをずいぶん使っていたり、「便利」な車に乗ってばかりで歩かなくなり、わざわざお金を出して運動したりといった、便利の「おつり」があるのも事実です。
すべての面で便利を求めるのではなく、一部には不便を残し、それを楽しむことも、この際重要だったりすると思いませんか。
ボクは「家は暖かく」が豊かさの基本だと思いますが、最近は「寒い家」にも価値があると見直しました。
2009年09月22日(09:30)
札幌のホテル
夢を見ました。伯父がまだ元気で札幌に遊びに来ている。小生に「札幌にヨーロッパ調のいいホテルはないのか?」と尋ねる。
「すすき野にラブホテル出身のヨーロッパ調が1つ、札幌駅の周辺にブリティッシュカントリー調とロマネスク調が1つずつ」などと答える。
札幌の叔母が「詳しいんだねえ」と合いの手を入れたので、小生は「いやいやホテルに詳しいわけではないよ。住宅の仕事をしているので、建物の様式を少し知っているだけで」と返事をする。
じつはここまでは前振りです。この夢を見ながら思ったのですが、ホテルはいろいろな様式があっていいのではないかと。
旅行とは日常と離れること、ホテルは非日常のひと晩を快適に過ごすための非日常的な「家」です。
札幌は開基たかだか100数十年の歴史のない街です。だからことさら純日本風だけにこだわる必要などない。来訪者が楽しめる「家」ならどんな様式でもいいのではないかと。

そこで考えました。札幌の人気ホテル-様式編
1.赤毛のアンホテル(コロニアルっぽい輸入住宅)
2.英国ナイトホテル(イギリス荘園風のカントリー調)
3.カサブランカホテル(地中海風白と暖色の塗り壁)
4.ホテルジャパン(もちろん日本風)
5.ホテルコンテンポラリー(現代風のインテリアにいつも改装し続ける。当面はモダン調で)

北海道は日本の中の外国なのですから、ちょっと外国旅行に行ってきた気分になれるホテルがいいと思うのですが。日本のホテルは、どのホテルもプレーンなインテリアでセンス悪くはないけれど、まったく印象に残らない。しかし北海道・札幌のホテルは違うゾ。そんなホテルができたら、地元札幌の住民も泊まりに行くかもしれません。
(写真はホテルモントレ札幌と同モントレエーデルホフ札幌のホームページからキャプチャーしたものです。)
2009年07月31日(23:24)
長野取材が終わりました
◆いま、長野出張からの帰り、飛行機の中です。エア・ドゥの経営が変わって全日空の子会社になってからは初めての利用です。道民割引で25,000円少々。早くに羽田に着けば早い便に乗れるので、今回のような空港着時間がはっきりしない出張では便利です。
◆今日も朝からビッチリ回りました。9時から飯田市の体験宿泊を中心に受け入れ側の調整をしている旅行会社「南信州観光公社」を訪問。ここの支配人は札幌生まれの道産子。がんばっていますよ、北海道人。
◆支配人・高橋さんの夢は「20年30年たって自分が年寄りになったとき、変わらずグリーン・ツーリズムのツアーが行われていること。ああ、まだやっているなと思うこと」と語っていいました。変化を求めるのではなく、首都圏や大阪といった都会から中学生らを受け入れ、飯田市を中心とする南信州の農家が農業体験をさせながら一晩の宿を提供する。そういう仕組みを変わらず続けていきたいという。なかなかいい男です。
◆ぼくの旅は、街中再開発地域にある人形劇美術館を駆け足で視察させていただいて、終わりました。多くのキーマン・キーウーマンにお会いして、濃厚な時間を過ごすことができました。完全に消化不良ですが、札幌に帰ってからゆっくり消化したいと思います。
◆飯田市は大地震の危険地域に指定されており、大きな地震が来たときには市内の7割の建築が倒壊する危険があると予測されているそうです。しかし、災害時に対策本部が置かれる市役所が耐震性に不安がある時代の建築で、かつ補強も行われていないそうです。民間への耐震診断・耐震補強の補助金もない。
◆「えーっ、そんなんで大丈夫なの」最初はそう思いました。しかし、ここは坂の町。建築物の耐震性が高くても、それだけでは災害対策の一部にすぎないという面がかなり強いのも事実です。まあそれにしても・・・。住宅性能にお金をかける北海道人としては、壁のない南面、細い柱に支えられた高床構造をみるにつけ、やはり不安になります。

◆不安といえば、昨日(30日)に訪問した首都圏からの移住者・一(はじめ)さんは「北の国から」にあこがれて廃材で家を建て、住んでいました。北海道より厳冬期が短いとはいえ、雪も降り、家までの坂道は凍り付いて車が上れなくなる日がかなりあるそう。フロンティア精神に脱帽しました。
◆今では街中になった地域で農業、おもに「市田柿」を作っている小瀬農園は、100年ほど前におじいちゃんがどこかの建物を譲り受けて移築したという家にお住まいです。ここは民宿もやっているので、いろいろおもしろい仕掛けもあります。ご飯を釜で炊いていたり、五右衛門風呂があったり。僕たちの持っている「家」という感覚からすると、ずいぶんと開放的で歴史を大切にした住まいです。福島・須賀川に亡くなった祖母の生家が残っているのですが、そのあたりの開放感にもにて、やはり北東北や北海道とはひと味違う風土だと思います。
◆千歳は視界不良だそうです。まあそう脅しておいて意外とあっさり降りたりすることが多いのですが、さてどうなるか。
初日の取材記についてはこちらにアップしました。>>>
2009年07月24日(19:08)
2人のくびちょう(首長)

左上から時計回りに山崎教授、林教授、松岡町長、能登市長
◆トップリーダーらしいトップリーダーの話を聞くことができました。当社が受託した道内市町村職員さま向け政策情報誌「プラクティス」の創刊号の取材・編集作業が大詰めを迎えつつありますが、座談会はその中でもキモ。
◆今回は北海道大学・公共政策大学院の山崎教授をコーディネーターに、富良野市・能登市長、東川町・松岡町長、そして札幌学院大学・林教授というパネラー。
◆山崎先生は地方自治が専門。まだ若く、「自治の現場の声をどんどん吸収しよう」という意欲とともに、上手にテーブルをコントロールしていただきました。
◆林教授は実践の人だなあと思いました。これからの夏休み、インターンシップで学生を送り出し、視察にまわる。学生たちの「自治体職員ってやりがいがある仕事」という体験を職員の皆さんは刺激に感じて、市民とともに街をつくってほしいという趣旨の話をされていました。実践的大学教育の足元は力強い、と思いました。
◆すごかったのは能登市長と松岡町長です。市長・町長のことを首長(くびちょう)といいます。最初はとんでもない言葉だなと思いましたが、慣れてくるとなかなかにいい言葉です。そしてこのお2人は、まさに"くびちょう"さんでした。
◆能登市長は"おやじ"タイプです。すごいな、と思ったのは、毎冬、早朝から庁舎の除雪を1人でやっている職員を課長に昇格させたというのです。誰でもできそうなことは、実は誰にでもできることではないですよね。ボクも口だけで、自宅前の除雪すら、達成率3割程度です。それをやり遂げる方は突出しています。
しかし、そういう方を評価する上司はごく少ないのが世の常。「がんばっているね」「いつもありがとう」で肩をたたいておしまい、ではないでしょうか。
やった人間を評価する、という市長の方針で昇格し、建設課に回ったこの方は、今度は除雪を仕事とし、市民からの苦情を激減させたのです。さらに、市の除雪が入る前に自宅前の雪も道路に出してしまうという雪国の市民の悪しき習慣まで正しているというのです。これによって早朝の除雪がスピードアップし、道路は走りやすくなり、いいことずくめです。
◆松岡町長は以前、ある場でお話を聞いたことがあり、すごい人だと存じていました。今回ボクの記憶に残ったのは、「win winの関係」という言葉です。松岡町長はポジティブ思考の固まり。まさにTOC(制約条件理論)マネジメントを実践している方です。
「職員がやりたいと思ったことはやらせる。費用がかかってもそれ以上のリターンがあれば町民も納得する」「副町長を設置し2人配置、職員はペアで動く、人事のシャフルなどで刺激を与え続ける」。そして、「町村間の競争激化といわれているけれど、そうは思っていない。横の協力関係・ネットワークによってどっちも恩恵をこうむる関係をつくることができる」とおっしゃる。民間以上に民間の発想を持ったトップリーダーです。
◆このお2人の下で働く職員がうらやましい。きっと仕事はたいへんでしょうが、大きなやりがいを感じることができるはずです。今の時代、やりがいは何にも増して大切なことではないでしょうか。
2009年05月03日(08:34)
連休真っ最中
◆たったいま、「札幌良い住宅jp」に編集長名で記事をアップしました(こちら)。連休中に更新が止まってしまうのは寂しい、ということでわが家のことを書きました。ひょっとするともう1回くらい更新するかもしれません。
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◆今年は山には意外なほど雪がたくさんあります。この時期でもスキー場はOK。ただ、小生は一応すべり納めました。◆コブ修行の1年でした。1人ですべる機会が多かったので、自由に斜面を選べます。そうすると足は自然とコブ斜面へ。興味のない方から見たら"何でこんなとこすべるの?"と疑問でしょうね。じっさい、札幌のスキー場ではコブ斜面はガラアキなんです。◆言うまでもありませんが、スキー・スノースポーツは温暖化によって大きな影響を受けるスポーツです。本州ではスキー場がなくなるという悲観論も出ています。暖かな連休はレジャーにとてもいいのですが、それが温暖化によるとしたら・・・。


