編集長コラム

構造計算書の偽造事件に思う
◆マンションの構造計算書偽造に端を発した違法建築事件は、次から次と問題が拡大している。消費者保護という視点から見ると、違法建築物は「瑕疵(かし)」ある建物であり、売り主に責任が発生することを通称・品確法で定めている。しかし、売り主に経済力がなければ、責任を追及してみても成果はない。そこで「瑕疵(かし)」ある建物の保険が用意されている。ただこれは任意加入なので、保険に加入していなければ保険金は下りない。結果的にはユーザーは守られない可能性がある。◆この問題、じつは建築確認という制度の問題でもある。建築確認はこれから建てようとする建築物が建築基準法をはじめとするさまざまな関連法規に適合しているかどうかを判断する行政行為だ。しかし、実際には判断が難しい事例もある。そのとき、誰が責任もって判断するのか、その判断の結果責任は誰がとるのか、という点が非常にあいまいなのだ。◆今回の事件を例にとるなら、後者の判断の結果責任が問われ、民間の確認機関は「業務は適正に行われ、その結果見逃したのだから責任はない」という言い方をしている。これは、建築確認という行為がもともともっているあいまいさを端的に現している。すなわち、「確認はするが不具合は設計・施工者(最終的には建て主)が負う」的な一種の責任逃れである。であるなら何のための建築確認なのか。◆確認機関には建築主事という責任者がいる。建築主事は法の定めるところによって確認業務を行うのだが、実際の判断指針は国土交通省が指導に近いお願いのかたちで決めるのが通例だ。ところが、難しい事例になると、建築主事は「国土交通省が判断すべき」といい、国土交通省は「建築主事の判断事項」と話を戻す。堂々巡りである。もともと建築確認とはこのように責任の所在があいまいな行為なのだ。◆このような問題が背景にあることを知っていながら、国土交通省は消費者への補償案をちらつかせることで問題の根源には触れようとしない。また大手マスコミも肝心の国土交通省の責任について、全く追求できない。救われないのはわれわれ国民である。◆構造計算書を偽造した人間は言うまでもなく悪い。しかし、背景にはもっと悪い黒幕がいて、さらに責任をとらずに検査料だけいただく行政が作った制度、そして監督責任がある。◆あえて言っておきたいが、建築士も施工業者も建築主事も、まじめに誠実に仕事をしている人たちがいる。消費者も安ければいいという発想はやめた方がいい。安いこと=善だとすると、建築業界から誠実に仕事をする人がちがどんどん減っていく可能性がある。

(平成17年12月13日)
南九州を旅する

コツコツ働く大工さんと立ち上がった蔵。屋根の下に石があるのが特徴という

◆生まれて初めて南九州に行ってきた。南国に行く機会が少ないので、新鮮な驚きがたくさん。あらためて北海道の気候風土と食文化を見つめ直した。というのも、11月に半袖Tシャツ1枚の陽気なのだ。これは11月でも食べ物がすぐに腐ることを意味している。当然、郷土料理と呼ばれるものに生ものはなく、かつ味付けが甘い(甘口はちょっと苦手)。家の造りが違うのは当然として、こんなにも気候・風土が違うのに、建築基準法という法律で一律の規制を行うのがわが日本。◆飫肥(おび)杉と言われる宮崎の杉で伝統工法の蔵を建築する現場をみた。温暖多湿で生長が早く、年輪幅は道産トドマツの2倍くらい。大工さんによると油が強いので使いにくいが、赤みはシロアリにきわめて強いという。地場の木は地場の気候にあった材料だとあらためてわかった。つくりは地域の伝統的な工法を守りながら、ホールダウンや引き寄せ金物、筋交い(といっても斜材ではなくヌキ)で基準法に対応した。この造りの蔵は地域にほとんど残っていないそうだ。骨組みが終わると竹木舞を組みしっくい仕上げ。◆飫肥杉の植林は江戸時代から続く地域の財産だ。生長が早いこともあり、尺5寸の棟梁をみていたら「もっと太いものもとれるよ」と教えられた。最後に価格を聞いてみた。「元請はどう見積もっていいか困ったのと違うかな」値段の付けられない代物だそうだ。

(平成17年11月10日)
小樽の歴史的建造物に思う
◆先日、日本建築学会北海道支部が主催する小樽の歴史的建造物を見学する行事に参加した。札幌のとなり街だが、なかなか見学の機会がなかったからだ。小樽の実業家の自宅・旧板谷邸、伊藤博文なども利用した料亭・海陽亭、旧日本郵船小樽支店など。◆圧巻は石造の旧日本郵船だ。意匠もさることながら100年前の建築にして気密材つきのペアガラスサッシに集中暖房。機能性は現代でも十分通用するだろう。ところが現在は観光客に見せる以外の機能は果たしていない。いわば博物館入り。一方の旧板谷邸と海陽亭はいずれもレストランなどとして使われ現役。ところが在来木造そのものの構造はあまりに寒々しく、およそ7ヵ月に及ぶ北海道の冬を乗り切る機能を持ち合わせていない。室内はカビくさく、これではあまりに酷だと思った。◆旧日本郵船は札幌の豊平館のように結婚式・宴会場などとして現役で使うべきだし、旧板谷邸や海陽亭は、オリジナルの意匠を多少損ねても最低限の断熱・気密改修を行うべきだ。使われてこその建築物ではないか。そんなことを思いめぐらしながら、SLでにぎわう小樽駅をあとにした。それにしても日露戦争から太平洋戦争が終わるまでの約40年間、小樽の街はもうかったんだなあ。

(平成17年10月19日)
地下鉄車内でおにぎりを食べる時代はふつうじゃない
◆今日、札幌の地下鉄車内で心底驚いた出来事があった。時間はお昼の12時半過ぎ。めったに乗らない地下鉄なので、座席に座ってつり広告を眺めていると、おもしろいものがあってついつい見入ってしまった。そして“ふっ”と視線をおろして向かいのシートを見たときだ。まだ若いがビジネスマンがケータイをいじりながら何か食べているではないか。思わず目を疑った。そして本当に何かを食べているとわかったとき、開いた口がふさがらなくなってしまった。若者のとなりにいた熟年の紳士がケータイをいさめる。若者はうなずきながらケータイをしまったところで我に返った。◆ケータイをしまった若者はその後も食事を続ける。よく見るとコンビニのおにぎりだ。もう一方の手にはコンビニの買い物袋が握られている。そこまで観察して、あらためて若者を見た。べつにとがったところも見られない、ふつうのビジネスマンに見えた。が、ふつうのビジネスマンが地下鉄の車内でおにぎりを食べることは、ふつうではないとわたしは思う。というか、それがふつうの世の中になろうとしているのなら、日本の危機ではないだろうか。◆モラルとか常識という言葉がある。時代とともにこれらは変化するし、若いころには反抗した覚えもある。しかし、最近はふつうに常識から外れたことをしている人が増えているように思う。かく言う自分はその若者をしかりつけるほどの気骨がない。恥ずかしいと思った。

(平成17年9月26日)
北海道のために働かないと次はないですよ
◆日本国中の関心を集めた総選挙が終わり、街も静けさを取り戻した。それにしても、強烈な自民党(小泉さん)台風が北海道ではそよ風程度しか吹かなかったのは、やはり北海道の特異性と言わなければなるまい。きっと本州の皆さんは『なんで?』と思っているでしょうから、勝手に解説してみせます。◆3日にも書いたように、北海道は景気回復の足音すらありません。その原因はほとんどが小泉改革と称する政策がもたらしたものだと、われわれ道民は解釈しています。だから投票行動は『頼むから、小泉さんやめてくれ』の一心だったと思います。民主党が頼りになるわけではないことを知ってはいても、小選挙区制だから仕方ありません。その証拠に、宗男さんの新党大地は比例区で公明党を上回る得票をゲットしました。とにかく何とかしてほしい。その切実な願いが小選挙区では民主党議員を、比例区では宗男さんを当選させたのだと思います。◆道民の一人としてわたしも民主党札幌のドン、元北海道知事の横路さんに言いたい。しっかり北海道のために働かないと次はないですよ。

(平成17年9月16日)
21世紀は南国・冷房環境の時代かも
◆昨日まではあまり騒がしくなかったのだが、土曜日の今日は選挙がずいぶんにぎやかだ。何せ日本一景気の悪い地域といわれる北海道。身近な声を聞いても、政治に望むものは不況の打破と公的負担増加傾向がもたらす不安解消の2点に集中している。◆それに関連して話題となるのが道州制だ。ザックリ言って地方自治権の強化と理解しているのだが、どうも国が既得権を手放さずに、すなわち財源を地方に譲渡せずに仕事だけを押しつける形になりそうだ、という危機感が強い。決して地域経済の足元が強くない北海道で、自主・自立を訴えるとやぶ蛇になりかねない。そんな折にタイミングもよく、元衆議院議員のS氏が新党を立ち上げて衆院選に参戦したものだから、豪腕で聞こえた元議員への不安と期待が自民VS民主という対立軸に交差するように折り込まれた、というのが今回の衆院選における北海道の現状だろう。◆北海道はここ数年で完全に時代に置いていかれた。ITも新しいビジネスも花を咲かせることなく、逆に道内企業は本州から買収攻勢にさらされている。そういえばスウェーデンもここ10数年で有名企業がずいぶんと外国に売られた。◆ふと思い出すのがアメリカで言われているというある説だ。いわく『暖房環境が整った19世紀終盤から20世紀にかけては北部の時代。冷房環境が整った20世紀終盤から21世紀は南部の時代』。ブッシュさんも南部の人。住宅環境は政治をも変えるのかもしれない。

(平成17年9月3日)
おもしろい冊子
◆先日、札幌駅まで乗ったタクシーの中でおもしろい冊子を見つけた。「週に2回以上社員を怒鳴りつける経営者の皆様へ」と太いゴシック体で書かれた文字の下にヤカンが湯気を上げているイラストがあり、そこには「この冊子には、あなたのことが書いてあります。」とあるではないか。思わずにやっとしながら手に取った。◆1ページ目からおもしろい。「今日の一喝、同じことを何度も言わせるな!もっと頭を使え!」。隣のページには「それは、言うだけ無駄です。極端な話、バカな人に「賢くなれ」と言ったところで、そんなことは不可能です。」。こんな調子で繰るページ繰るページ、本質を突いた問答が続く。そして「結論」のページに行き着いた。いわく「育たない人材は、どれだけ時間をかけたところで育ちません。その人材が『できる』かどうかは、採用段階で100%決まっているのです。」とあった。もう一度にやり。タクシーの運転手さんに見つからないように…。そうか、人材関係の企業宣伝か。◆それにしてもよくできている。あまりにもおもしろかったので2冊もらってきた。今日の一喝をすべて紹介したいが、それでは宣伝効果がなくなってしまうだろう。とりあえず表紙を見てください。配布元はワイキューブという会社でした。

(平成17年8月11日)
まだら模様の景気
◆首都圏では景気回復のサインがいくつも出てきてたといわれている。例えば不動産。売れ行きの良さにつられ、実勢の地価がかなり上昇している。不動産の活況は景気回復の確かな指標だという。札幌でも市内の好立地は昨年、一昨年までは考えられなかった価格で売りに出され、そして売れている。2年前までは住宅地で坪35万円を超す実勢の売買はほとんどなかったというから、最近の坪30万円台の土地分譲は、明らかな変化と見ることができる。◆しかし、多くのかたは実感として景気回復の兆しさえ感じていないのではないか。むしろ今年はひどく悪いという声をよく聞く。一体どうなっているのか。◆住宅着工統計を見ると、道内の数字は分譲を除き前年より悪い。基幹建材メーカーによると着工の落ち込みを上回る出荷ダウンと頭を抱えるほどの苦戦だ。一方で地域限定ではあるが土地の動きが活発になり地価も上昇している。当然、住宅会社も手が回らないほどの忙しさ、というところもある。まだら模様。それが今年の大きな特徴のようだ。

(平成17年6月21日)
天然秋田杉を見学しました
上が丸太の状態、下は大黒柱
◆きょう、秋田から帰ってきた。NPO法人となった住宅会社と研究者の技術研究団体の全国総会が19,20日の両日、秋田県能代市で開かれ、その取材だ。全国から200名を超す参加、秋田杉の集積地・能代ということもあり、俗に『天杉(てんすぎ)』といわれる天然林の秋田杉の銘木に始まり、人工林材、床材など、秋田杉一色の出張だった。◆天杉はもう良材がとれないというが、目の前にあるのは樹齢250年から300年と推定される巨木。はて、本当に良材はないのだろうかと疑ってしまった。一昔前は300年どころではない巨木があり、木材業界もたいへんなにぎわいだったという。木材屋の親方は、夜、きれいどころをつれ500円札を燃して明かりを採ったという。バブルですねえ。◆そんな高価な杉はほんのごく一部で、一般的には杉は庶民の木だ。杉の香りは何となく町屋の懐かしい風情を思い出す。心を落ち着かせるフェロモンでも発するのだろうか。一方、地松・すなわち赤松はもうほとんど建築用材としてはないのだという。また40代あたりを境にその下の若い世代になると、秋田杉に対するこだわりも一般的には薄くなっているそうだ。

(平成17年5月21日)
高断熱・高気密は、まだ当たり前ではない
 「リフォームは難しい。断熱には十分配慮したんだけど、新築住宅と暖房燃費を比べると大きな差になっている…」。ある工務店・社長がつぶやいた言葉だ。「熱計算上は新築とほぼ同じまで高めたんだけど、やはり壁内の気流が止まらないんだな」。◆リフォームをやるとき、いちばんの問題がこの点だ。新築とは違い軸組を残したままの工事。気密性が新築並みにあがらないのは目をつぶるとしても、外周壁と間仕切壁内部の気流を止めなければ断熱効果が上がらず、結果として燃費がいまひとつ改善しない。結露も心配だ。◆断熱改修は難しい。しかし既存住宅の改善を進めなければ、住宅ストック全体の改善は進まない。そんな中、技術志向の工務店が改善へ向けた努力を積み重ねる姿を見て、心強く思った。◆世間では高断熱・高気密が当たり前のように言われているが、残念ながら新築でもまだ当たり前ではない。技術に対する真剣な姿勢がなければ、ユーザーは不幸になる。

(平成17年5月5日号掲載)
花の季節
◆ツツジが咲いた。長く残っていた残雪が消えた翌日のことだった。まだつぼみが多いが、うすむらさき色の花が風に揺られている。その後はしばらく寒い日が続いたため、つぼみたちもじっと我慢していたが、今日の陽気で朝から一気に花が増えている。◆札幌あたりでサクラより早く咲く花と言えばフクジュソウなど数えるくらいしか知らないのだが、このツツジは本当に早い。ゆえに期待をいっしんに背負うかっこうとなる。“ちょっと色が濃いな”などとついついひとこと言いたくなる。しかし、5月の早朝の力強い日射しにきらめく姿を見ると、“この濃さでちょうどいいのだな”と思い直した。もう5月。梅もつぼみが開きはじめた。

(平成17年5月2日)
それはイタチかクロテンか
◆「パパ、パパッ」玄関あたりから女房の素っ頓狂な声。“朝から何だよ!?”はしを休めることもなく朝食をとっていると、あわてて階段を上りながら「テンがいる。あーもう見えない」。話はこうだ。ゴミ捨てから帰ってくると車の横に座り込んでいる動物がいた。警戒するふうもなく落ち着いた構え。猫でもキツネでもない。あれはテンだという。◆とっさに十数年前の記憶がよみがえった。道南の小河川に渓流釣りに行った折のことだ。同行した2人と別れ、釣りをはじめる。とつぜん川に飛び込む動物。泳ぐと大きく見えるその動物は、少しして草むらに消えた。“カワウソだっ”心の中で叫んだ。小1時間して同行者に話す。「カワウソは絶滅したよ。それはイタチだ」。うちに帰って調べた。確かにカワウソであるはずはない。◆女房に言った。「テンはいないだろう。ここは札幌だぞ。それはイタチだ」。しかし納得しない。彼女もやはり調べた。その結論は十数年前の私とは違った。あれはエゾクロテンだと。◆今日、北海道新聞の朝刊に、札幌近郊でエゾクロテンが確認されたという記事が掲載された。移入種のホンドテンもいるという。どうやら今回は女房に軍配が上がりそうだ。それにしても見たかったなあ、エゾクロテン。春の朝はのんびりなんかしていられない。

(平成17年4月25日)
エゾリスが来た!!
◆朝食を食べていると窓際で女房が「リスだ!」と弾んだ声。はしを置き窓辺に近づくと大きなしっぽが見える。「エゾリスだな」と私。リスを追って窓辺をあわただしく移動する。エゾリスはキリキリとよく動き、家の周りを走る。そのたびに窓辺を移動する。雪山に登ったリスがこちらを見る。窓ガラスの内と外、2メートルと離れぬ距離で目があった。その愛くるしさに思わず見つめてしまう。なんてかわいいんだ。わが社に自ら“リスバカ”と称してエゾリスの写真ばかりを撮っている男がいるが、それも納得。◆今までも何度かその影を見かけていた。足跡も。でも“その日”はとつぜん、早朝にやってきたのだ。雪のシーズンだからその温かそうな体毛が際立つ。北海道に住んでいてよかったなあと思える一時。◆30分ほどして動物好きの長女が起きてくる。足跡を見てはしゃいでいるがリスはもういない。早起きは三文の徳。

(平成17年3月11日)