新聞記事

2011年11月15日号から

円山動物園に学ぶ快適で省エネな環境設計 後編

札幌市立大学デザイン学部 斉藤雅也准教授

冷房しないほうが快適!?

20111115_02_01.jpg 私たち人間にとっても、暑い日の路面からの強烈な照り返しは非常に不快。立っているだけで頭がクラクラします。
 これは、かつてのオランウータン「弟路郎」の住まいと同じ温熱環境になっているのです。壁や天井、照明などから放射される熱のせいで設定通りの冷房効果が得られません。
 温放射の影響を適度に抑えるには、建物の断熱・気密性能を高めることが基本。その上で、日差しを建物の外で遮り、室内を加熱させないことが重要です。さらに通風を図るのが夏場対策の基本です。これだけで湿度の低い北海道の夏は十分爽やか。
 日射遮へいをした風通しの良い部屋の方が、冷房した部屋より快適という実験結果もあります。そして、冷房しない部屋は冷房空間より室温が高くても、ずっと快適に感じるという驚くべき結果が出ています。
 エアコンの効いた空間は居心地が良さそうですが、快適に涼しい場所は意外に少なく、冷房の周りは寒く、離れると暑いという経験があると思います。断熱と日射遮へいが不十分なまま冷房に頼ったためなのです。

冷房に頼りすぎてはいけない

20111115_02_02.jpg 類人猿館は当初、屋外放飼場全体をある程度、均一な温度にする案があったそうです。
 最終的には「暑いところと涼しいところを造って選択できるようにした方がいい」という飼育員さんのアドバイスを重視。植栽でところどころに日陰を作る現在のプランを採用しました。「弟路郎」の動線も日向と日影を交互に移動しながらのびのびと暮らしていることがわかりました。
 適度な温度ムラがある環境のなかで、自分でそのときいいに場所を選んで暮らすのは、動物だけでなく、人間にとっても悪いことではありません。エアコンの効いた部屋に朝から晩まで閉じこもると、むしろ問題です。
 ふだん冷房した部屋で過ごす人は冷房をあまり使わない人と比べて総じて低体温。発汗・放熱によって体温をコントロールする機能が正常に働かなくなり、汗をかけない体になるのです。
 冬も夏同様、まず建物を高断熱・高気密にして外壁や窓面の冷たい放射を防ぐことが大前提。暖房はパネル式セントラルなど低温の放射熱でマイルドに暖めるタイプを選びます。「周壁温度は高く、室温は周壁温度と同じくらいかやや低めに」が上手な暮らし方。高断熱・高気密住宅は室内が18℃くらいでも快適に過ごせます。

創エネ、節約以外の第3の選択

20111115_02_03.jpg 原発の是非や自然エネルギーへの転換をめぐって各方面で議論が交わされていますが、ほとんどがサプライサイド(エネルギー供給側)の話。「今ある電力をいかに適切に使うか」というディマンドサイド(需要側)の問題については『節約』以外の対策が打ち出されていません。
 家庭で電気を節約することは確かに大事。でも「我慢」だけで暑さ寒さを克服するのは体に負担がかかります。
 電力を必要とするアクティブな技術(暖房・冷房)と、必要としないパッシブな技術(断熱や日射遮へい)を上手に組み合わせれば、快適さや健康を犠牲にしないで省電力が実践できるはずです。
 人気のグリーンカーテンに家族みんなでチャレンジするのも楽しそう。

最後に
「エクセルギー」の概念

20111115_02_04.jpg 「省エネ」とか「暖房エネルギー消費」という言い方をしますが、エネルギー自体は消えてなくなるわけではありません(エネルギー保存の法則)。増えもせず減りもせず、太陽からのエネルギーは、地球に入り、最終的には地球を出て宇宙空間に放出されています。そこで熱力学の世界では、エネルギーのもっている資源性を「エクセルギー」と呼びます。
 化石エクセルギー消費を少なく(省エネ)するにはシステムの効率を高めると同時に、冬であれば、建物の内部から屋外に熱が伝わりにくく、逃げにくい構造にしなくてはなりません。そのための技術が「高断熱・高気密」です。夏は「高断熱」に「日射遮蔽」が加わり、通風できることが鍵になります。また、「エクセルギー」概念によって、住まいの断熱・蓄熱・日射遮蔽がサプライサイド(供給側)の規模をかなり小さくできることもわかります。
 今回は「エクセルギー」の概念について詳しい説明ができませんでしたが、それについてはまた改めてまとめてみたいと思います。

※9月3日に小樽市で開かれたNPOパッシブシステム研究会の市民セミナーでの講演記録に基づいて、講演者である斉藤先生が加筆・修正した。


写真
札幌ファクトリーの施設を中心に曇りの日に撮影。曇っていても壁面や道路の過熱がよくわかる。一方、壁面緑化された部位は温度が低い。寒冷地の都市のデザインでも、緑化は大きな意味がある

出典:宿谷昌則編著、エクセルギーと環境の理論-流れ・循環のデザインとは何か-改訂版、2.3体温調節システム(76-84ページ)より抜粋(井上書院、3400円+税)


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